→→ Oratorio 7



 俺だって、なりたくてこうなったんじゃないんだ



 生かされてるだけなんて嫌だ

 だからもう死にたかった



 でも———





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





  『幹部の一人として、お前に命ずる』


 電話でそう言われて、もぐり込んだはいいものの。


(うわわっ、鈴桜サン……コレ、マジモンじゃないすかっ!!)


 2年前からバルディアのビアルドに住んでいる青年、氷室 奏ヒムロ カナデは、骨組だけの暗い天井上で、心の中でそう叫んだ。
 彼の遥か足元には、まだ製作途中の一機の小型飛空挺。それの製作が今、急ピッチで行われており、製作に携わる人々がその回りを慌ただしく走り回っている。その飛空挺と比べると小さく見えるが、人が座ると大きい机の上いっぱいに白い紙が広げられていた。

 奏は、頭の上に除けていたゴーグルを下ろして装着し、脇についている小さなボタンを押す。すると、たちまち見つめている方向にズームがかかり、白い紙に描かれた製作図が彼の黒い瞳に大きく映し出された。
 ——見たことのある図面の一部。確かコイツは……


(設計図で止まってたGR−M型だ……確か、アルテスの力を最大限に引き出すための装置を開発するのに、結構な費用がかかるって製作渋ってたはずだけどな……突然コレを製作作業に移すなんて、鈴桜サンの話って、やっぱりマジだったのか!)


 ゴーグルをまた外して頭の上に戻し、奏は、闇に溶けそうで溶け切れていない瑠璃色の髪をガシガシ掻いた。

 鈴桜に任された任務というのは、潜入だった。
 彼の部下の海凪が、近いうちに、バルディアがフェルベスを攻めるという噂を聞いた。しかし、バルディアは完璧な閉鎖国で、今から密偵を放つことは難しい。
 そこで、奏に目が向いた。奏は、18章の護りゲイルアークが築かれた後のバルディアに唯一潜入し、以来バルディアに住みついている、イースルシア王国暗部の人間。同時に、フェルベスとイースルシアにまたがる国家組織警護組織リグガースト機動班・追行庇護バルジアーの敏腕諜報員でもある。要するに、彼はイースルシアと警護組織リグガーストの伏兵ということになる。


(とにかく、早いトコ鈴桜サンに報告しないとな……あと、兄貴にも言っといた方がいいな、将来的に)


 イースルシア王国軍司令官、兼、第一王国軍団長の氷室 篝も、今回の件は重要な立場にある。イースルシアはフェルベスと同盟関係にあるため、フェルベスがバルディアに攻められようものなら、イースルシアは横から参戦して、フェルベスに助力しなければならない。その先頭に立つのは、当然だが彼だ。


(にしても……マジで、戦争になっちまうのか。ってか俺、どーすりゃいいんだろ。そーなったらやっぱ、イースルシアに戻るべき?)


 ……そのまま、バルディアの軍部の頂点に立つ人物を、暗殺してこいなんて言われないだろうか。


(……いや、有り得る……かなりの確率で……)


 うわー……と、奏はげっそりした顔をした。隠密行動がちょっとばかり上手いだけだったのに、いつの間にかこんな身分になっている自分が悲しくなった。
 嘆息して、奏は、ジャケットのポケットから黒い無線電話を取り出した。










「……そうか」


 ビアルドから距離を置いて、南東。フェルベスのシーヴァの、警護組織リグガースト本部の鈴桜の執務室。
 奏からの電話を受け取った鈴桜は、机の後ろにある大窓から外を眺めながら彼からの報告を聞き終えると、一言そう言った。


『でも鈴桜サン、どうするつもりすか?フェルベスもイースルシアも、すぐには信じてくれないっすよ』
「手は打ってある。ともかく、ご苦労だった」
『うーん……ま、鈴桜サンが手打ってるなら、ダイジョブっすよね。そんじゃ自分、帰るんで、用があればまた今度〜』


 電話の向こうで手を振っているような軽さで、奏は電話を切った。自分の役目は終わったと言わんばかりの、彼の相変わらずの転換の早さに小さく息を吐き、鈴桜は、ツー、ツーとしか言わなくなった青い無線電話から耳を離した。
 この無線電話は、奏が向こうバルディアで、鈴桜と自分との間でいつでも連絡が取り合えるように購入した物だった。ただし2機の間でしか連絡できないので、他の人への連絡は融通が利かない。


「……何だって?」
「今、計画途中だったはずの飛空挺を作っている最中らしい。かなり急ピッチだそうだ」
「それだけ、バルディア軍部に入り込んだ奴の影響は大きい……ということか」
「五宮玲哉か。……そうだろうな。奴一人いれば、国1つ潰せてもおかしくない」


 電話をコートの内側にしまいながら、鈴桜は後ろを振り返った。

 鈴桜の机の隣にある、彼の机を向いて置かれたもう1つの机。一応、副官の海凪のものなのだが、彼女はほとんどココに座ることがなく、もはや申し訳程度になっている。
 その机に、腕を組んで寄りかかっている、赤い縁の黒い軍服に身を包んだ、一人の男性。
 肩を通り越した長さの、少し褪せた色の金髪。前髪は右眼を覆っており、残った紫色の左眼は、まるで、腰に差してある片刃の剣そのもののような印象を受ける。
 そんな男に、鈴桜は言う。


「前猟犬ザイルハイド総帥・榊 遼は、お前ほどの腕を持っていた。つまり、お前が背後をとられるくらいの相手だというわけだ」
「……聞き捨てならないな。お前は、俺と義賊集団の首領を同等に見ているのか?」
「フ……相変わらず、自尊心だけは立派だな」
「本当にプライドだけ、、かどうか試してもいいが?」


 今にも切りかかってきそうな気配を宿したその返答に、鈴桜は小さく笑って、何処となく不愉快そうな顔の男性に言う。


「ともかく、そういうことだ。お前も、コレを頭に入れておけ。戦争になったら、それに大きく関わることになるのはお前だ」
「情報の提供は頼む。特に、敵軍についてだ」
「当然だ」


 机に預けていた体を起こし、執務室から出ていこうとする男性に、鈴桜はそう答えた。
 男性がドアレバーを引いてドアを開けた時、そのドアの向こうに立っていた人物がいた。
 亜麻色のショートカットをテンガロンハットで飾った、青い瞳の少女。彼女もドアを開こうとしていたところだったのか、伸ばした右手がドアレバーがある高さで浮いている。


「……え」


 海凪は、ドアを開けた人物を見て、目を見開いた。
 そしてその直後。

 ガシャ、と。

 彼女は躊躇うことなく、腰から銃を引き抜いて男性の額に向けた。


「な……海凪!?」


 予想外の海凪の行動に、鈴桜が思わず彼女を呼ぶ。銃口を向けられた男性は微動だにせず、ただ静かに立ち尽くしていた。
 銃の先が、小刻みに震えていた。


「………………なんで」


 低い声音。
 伏せた顔はハットのつばに隠れて見えなかったが、彼女が今、身を震わせるほど強い怒りに支配されているということは、はっきりわかった。



「なんで、あんたがココにいるっ!!!」



 海凪はひどい憎悪がこもった大声で叫び、顔を上げ男性を睨みつけた。今にもトリガーを引きそうな迫力にも、男性は怯えもしない。


「……烙獅。コイツは、お前の副官か?」
「そうだが……海凪、お前一体」


 何を——という言葉は、続かなかった。


昴 祐羽スバル ユウっ!! 忘れるもんか……春霞さんと冬芽さんを殺した、そのあんたが!! なんで、ココにいるんだッ!!!」
「……やはり……お前は、あの時の」


 先ほど覚えた、既視感。気のせいではなかった。
 彼女は、1年前に、シーヴァ郊外に住んでいた密偵の家を襲撃した時の——


「海凪、落ち着け」
「!?」


 鈴桜の声が耳に入ってきたと思うと、いつの間にか近付いてきていた彼に銃身を掴まれ、海凪はぐいっと銃口を上に向けられた。


「悪いな祐羽、驚かせた」
「いや」
「鈴桜さんっ!? 何するんですか!!」
「それはコッチのセリフだ。客人に、いきなり銃口を向けることはないだろう」
「でも、コイツはっ……!!!」


 答えるよりも、体が勝手に、再び銃口を昴に向けようとする。しかし、鈴桜の力が強くて向けられない。


「大体、なんでコイツがココにいるんですかっ!!」
「祐羽は、私の同期生で友人だ。ココにいるのは、私が呼び寄せたからだ。バルディアの件で、コイツは大いに関わるからな」
「友、人っ……!?」


 鈴桜の口から告げられた関係に、海凪が声を失った。
 六香の二人の兄を殺した仇が、自分の上司の友人だった——!?

 愕然とする海凪を見据える鈴桜の赤い瞳が、鋭く細められる。途端に氷点を下回ったような、冷ややかなその視線に、海凪は凍りついた。


「どんな事情があるか知らないが、祐羽に銃口を向けることは私が許さん」
「っ……」


 口調こそはいつも通りだったが、その気配は冷え切っていた。——静かな怒り。
 鈴桜が怒ったところを、海凪は初めて見た。指先まで神経を凍らされたように、体が……動かない。



 ——時間が、静かに流れていく。
 壁にかけられた時計の秒針の時を刻む音だけが、規則正しく静寂を揺らす。


「……海凪、と言ったか」


 ……不意に、昴が口を開いた。銃を鈴桜に掴まれたまま、海凪は、鈴桜の横の昴を睨むような目つきで見る。


「———お前は、誤解をしている」
「……何だって……?」





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「何なんだ、なんであんなの、、、、がいるんだ……!!」


 〈フィアベルク〉の背の上で、玲哉は天乃に支えられながらうめいた。
 放たれた高密度の純粋な聖力。跡形もなく消された左腕。眩く輝く金の瞳、、、——。


「玲哉、何があった?大丈夫?」
≪お前が取り乱すなんざ、らしくねぇぞ、レイヤ≫


 玲哉を左側から支える天乃と、声だけを聞く〈フィアベルク〉が心配そうに言う。そう言われて、思っていた以上に自身が動揺していたのだと気付き、玲哉は「大丈夫……」と、まず自分を落ち着けてから、静かに口を開いた。
 渇いた喉から、まず最初に出たのは。


「……化物バケモノだよ」
「……化物?」
「そう……俺、自分も化物の部類だと思ってたけど……そんなレベルじゃない」


 消えた左腕の切断面に、触れる。化物だと思っていたこんな自分を、あっさり消し飛ばそうとした——『化物』。
 畏怖した。
 恐惶した。
 あんなの……


「彼は……俺と同じだった。……でも彼は……俺とは、違った」


 そっと、自分の閉じた瞼の上に手を当てる。
 この裏に隠れている、自分の瞳。
 金の瞳、、、


「———本物だったんだ。先天的に聖力が強い者がなる金眼の、オリジナル……」


 強すぎる聖力を宿すが故に、色だけでは留まらず、光さえも放つ真の金眼。


 ……………………





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「……何が、あったの?」


 ドアを開いた途端、かけられた声。正面にあるベッドの上に座る、金髪の少年が目に飛び込んできた。


「さいっ……!?」
「大丈夫だよ……」


 采が体を起こしているのを見て、梨音に肩を貸している椅遊が驚いて声を上げた。采は静かにそう言い、自分の隣のベッドを指差した。


「……とにかく……その二人……寝かせてあげなよ」
「……ん。りおん……もすこし」


 それは無論、梨音と夕鷹のことを差していた。椅遊は頷き、疲労困憊な梨音をそのベッドまで運んだ。ベッドにつくなり、梨音は「ありがとうございます……」と小さくお礼を言って、バタンと倒れ込む。


「っあー、だりぃ……つーか何で俺が」
「終わったことはいいでしょーが、もー……」


 采を真ん中に、梨音が寝かされたベッドの反対側。楸と六香が息を吐いて、そう言うのが聞こえた。見ると、そちらのベッドには応急処置の施された夕鷹が寝かされていた。
 あの後、気を失った夕鷹。意識のない彼を運ぶのは一苦労だった。六香と楸が口論しながら、ようやくこの医務室まで運んできたのだ。楸は手伝う気なんてまったくなかったのだが、椅遊に懇願されて仕方なく折れた。あの無垢な瞳に見つめられるのが妙に怖い。

 梨音を運び終わった椅遊が、寝かされた夕鷹の傍に来る。夕鷹の方が心配らしい。
 夕鷹を下ろしたベッドの空白に座り、六香は采を見た。部屋に入った時から気付いていたが、何処となく顔色が悪い。


「アンタ……采、だっけ?」
「うん……」
「アンタ、ケガでもしてるの?顔色悪いし……アレを感じて、飛び出してこなかったし」
「……まぁ……そんな感じ」
「りっか、りっか」


 なんとなく歯切れの悪い采の返事に、六香が首を傾げていると、横から椅遊に呼ばれた。椅遊を見ると、彼女は自分を指差して言った。


「らすけ、て……ぉらった」
「助けてもらった?コイツに?」
「ん」


 六香は、キョトンとした顔で采をもう一度見た。采の目は、特に何を捉えるわけでもなく、自分の正面にまっすぐ向いていた。


「……椅遊を、誰から助けたの?」
「…………さあ」
「まぁ……流れ的に、玲哉だと思うけど。……もしかして、楸も?」
「ん、そ」
「あぁ?知らねえよ」


 六香が椅遊に聞くと、彼女はコクンと頷いた。横から楸本人のだるそうな声がしたが無視する。

 さっきから今のやり取りで、采と楸が、やけに椅遊と親しげなことは読み取っていた。椅遊が彼らが捕まった後、何があったのかよくわからないが、どうやら二人とも、記憶がないが故に純粋な椅遊に影響されて、少し丸くなったようだ。


「でも……いきなり、どーして?アンタ達、玲哉側じゃ……」
「……最初は、そうだったけど……今は……玲哉にはついていけない。玲哉は……椅遊の目の前で夕鷹を殺して……椅遊の命と引き換えに、魔王を最大出力で空界に召喚するつもりだから」
「「!?」」


 采の口から語られた、玲哉の計画。初めてそれを知った六香と椅遊が、同時に目を見開いた。楸は呆れたように、目を伏せて息を吐く。


「わけわかんねえっつーの、アイツ。世界潰してどうするつもりだよ」
「……僕も、よく知らないけど……玲哉は……自分も含めて……全部キライみたいだよ。……今度、聞いてみる」
「今度っていつだよ、おい……大体お前、今更アイツの近くに寄れんのか?」
「あ……そうだった……でも、そこは気力で……」
「はい却下。つーか気力って何だよ……近付く前に殺されんのがオチだろ。第一、アイツが世界潰したいわけなんざ、どうでもいい」
「……うん、まぁ……そうだけど……」


 玲哉が保護者だった采としては、それが気になった。よく考えてみれば、玲哉が自分のことを話したことはほとんどない。玲哉について知っていることなんて……魔族とクランネのハーフであること。それくらいしか思い浮かばない。

 采は、何気なく隣のベッドの、意識がない夕鷹を見た。見ているコッチも痛くなるようなくらい、ボロボロな夕鷹。ガレキに埋もれたせいで、アチコチに擦り傷がたくさんあった。


「……それで……あの威圧感。……何があったの?」


 ずっとこの医務室にいた采は、状況を見てきただろう五人に聞く。すると皆一斉に、途端にして口を閉ざしてしまった。
 采は小さく首を傾げて、椅遊を見た。目が合った椅遊は、困ったような表情をしてから、何処か悲しげにうつむく。それから、短時間で、話が通じる相手だという印象を受けた六香を見ても、彼女も視線を何もない方へ投げていた。——二人とも、『言いたくない』と、気配が語っていた。
 結局、壁に寄りかかっている楸が、采と同じく二人の気持ちを感じ取り、仕方なさそうに口を開いた。


「紫頭が、狂ってた」
「狂ってた……?」
「おい、ガキ。コイツ何だ?人間じゃねぇだろ」


 采の向こうのベッドで横になっていた梨音に向かって、楸は問いかけた。梨音は、天井を見つめたまま微動だにしない。
 何もない方を向いていた六香は、自分の傍らで眠る夕鷹を見た。さっきあんなに血を吐いたり傷ついたりしたのに、すやすやと眠る無防備な寝顔。——同時に思い起こされる、さっきの『夕鷹』。
 その『夕鷹』に驚きも恐れもせず、まっすぐに立ち向かっていった梨音。
 それはまるで、そうなることが当然だったかのように。

 ……梨音は、知っているのだろう。『夕鷹』のことを。だからこそ、楸も彼に問いかけた。
 六香も、梨音を向く。ダークブラウンの瞳は、相変わらず上を見つめたままだった。


「イオン……ソレ、アタシも聞きたい。椅遊もでしょ?」
「……ん」


 六香が椅遊に声をかけると、うつむいていた椅遊も顔を上げ、頷きながら梨音を振り返った。


「夕鷹って、何者なの?夕鷹は……人間じゃないって、それしか言わなかったから。それに……イオン。アンタとの関係も知りたい」
「……おいおい。てめーら、何も知らなかったのかよ、仲間のこと」
「仕方ないでしょ、イオンも夕鷹も口割らないんだから……」


 楸の呆れ声の言葉に、六香も呆れ声で言い返した。いくら聞いても教えようとしないその精神は、賞賛を通り越してもはや呆れだ。


「だから……教えて。夕鷹のこと……アンタのこと」


 六香の、はっきりとした声が耳に届く。
 いずれ、こんな時が来るだろうと思っていたが——頭を掠めた、かすかな迷い。

 梨音は仰向けのまま、静かに目を閉じた。今までの旅路が鮮やかに思い返される。
 六香。椅遊。二人のことは、よく知っている。二人とも、夕鷹を全面的に信頼している。信頼しているからこそ、ココまでついて来てくれた。
 ……考えるまでもない。二人は、大丈夫だ。

 再び目を開いた時には、かすかな迷いは完全に消え去っていた。


「……いいでしょう。ただ……」
「ただ……?」
「……これから話す、それを聞いて……夕鷹を……嫌いになって、ほしくないんです」
「なんだ、そんなこと?大丈夫、絶対そんなことないから。ね?椅遊」


 深刻に言った自分の言葉を、六香は小さく笑いながら笑顔で一蹴した。椅遊もまた、控えめに微笑んで首を縦に振る。
 ——幾星霜見てきた、腐った世界。そんな世界で、こんな仲間に巡り合えた自分達。
 奇跡だった。
 自分……そして『人あらざる者』の夕鷹も、こんな仲間を持っていい資格なんて、あるはずがないのだから。

 ベッドの上に仰向けになっていた梨音は、話しやすいように上半身を起こした。行動を起こした梨音に、全員の視線が集まる。


「えっ、イオン?起きて大丈夫?」
「……大丈夫です……ちゃんと……話して、おきたいので」
「ってことは……話してくれるの?」
「……はい」


 六香の言葉に、ベッドの上に座った梨音は頷いた。六香と椅遊の顔に、少し緊張が走るのが見えた。
 二人の方を見た時に、一緒に視界に采が入ってきた。彼はコチラを見て、少し困惑気味に、


「……僕達は……?いない方がいい……?」


 と聞いてきたから、その配慮に逆に驚いた。しかし梨音は首を振った。


「……いいえ……貴方達にも……聞いておいて、ほしいです……これからのためにも」
「これからのためにも……?」
「……貴方達は……玲哉さんの敵で、今は……ボク達の、敵じゃない。……精々、利用させてもらいますよ」
「ちょ、イオンっ……!」


 確かにそういうことになるかもしれないが、面と向かってなんてことを。六香が焦って声を上げたが、采と楸は到って冷静だった。


「……うん。僕らは僕らで、動くから……僕らも、君達を、利用させてもらう。……そのために……無償で、情報提供してくれる……ってこと?」
「ま、情報は多いに越したことはねぇしな」
「……そういうことです」


 了承した二人を見てから、梨音は、全員が注目する前で、その胸に小さな手を当て——息を吸った。


「…………これから話すのは……とある一人の、イーゲルセーマ族の記憶です。……その者の名は、サレス・オーディン……大賢者と呼ばれた、遥か昔の魂です」


 その一言に、はっと息を呑んだ一同をよそに、梨音は、顔を上げて夕鷹を捉えた。


「……そして夕鷹は……人々の思想から、生まれ落ちた……気高き聖の支配者の片鱗。……つまり、」
「———聖王……バルスト」
「……その通りです……」


 驚愕した采がなんとか出したその一言に、梨音は静かに頷いた。





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