→→ Oratorio 6



 ずん、



「「っ……!?」」


 何とも形容しがたい強大なその圧力は、当然ながら、同じプロテルシア内の椅遊と采にも伝わっていた。
 椅遊は思わずガタンとイスを揺らして立ち上がり、采はベッドの上で飛び起きようとして、走った痛みに再び倒れ込む。


(この威圧感っ……!)


 フィスセリア島での出来事が、采の頭を反芻した。それは、椅遊も同じだった。
 まともに言葉を操れない自分は、一言告げるのにも時間がかかる。コチラを見た采を、椅遊は物言いたげな顔で一瞥してから、身を翻して駆け出した。采の制止の声を背中に聞きながら、医務室を飛び出す。
 部屋を出ると、左右に道があった。どっちだと迷うこともなく、椅遊は、勘が訴える、威圧感の濃い方を選んで全速力で走る。


 どうして飛び出してきてしまったのか、わからない。
 気になったという理由もある。
 でも何より、嫌な予感がしたから。

 再び、フィスセリア島の過去のイメージが流れ出した。
 そう、コレは、あの時の空気によく似ている。
 一瞬で空気が凍りついた、あの無感情な圧力に。


 その主は――今でも信じられないが、あの笑顔の青年だ。


(ゆたかに、なにかあったんだっ……!!)


 不思議と、疲れは感じなかった。ただ無心に、足が前へ前へと進み出る。
 さっきまで仄暗かった蛍光灯が燦々と輝く角に出て、左側の通路を見た時、一箇所だけドアが開けっ放しの部屋が目に入った。


 ――その部屋から、哄笑が聞こえた。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 ………………何が、起きているのか、わからなかった。


 ただわかるのは、自分が、雷エネルギーを制御するパネルの前に座り込んでいて、呆然と目の前の光景を見ているということだけ。
 いや、目の前で起こったことはわかるのだ。ただ、何が原因でこうなったのか、わからなくて。

 自分が作り上げたガレキの山。それが、山の一部から光色の衝撃波のようなものが走った直後、すべて吹き飛んで消滅した。風塵にもならずに。自分は、その余波らしい強い衝撃に吹っ飛ばされ、ココに強く打ちつけられた。

 その山の代わりに、そこに立つ、一人の青年。それが誰なのかにさえ、玲哉はすぐに気付けなかった。


≪同じだと?≫


 その人物と同じ声で、違う声で。いくつもの音が重なり合って響く、不思議な声。
 その後、突然、その口から大量の鮮血が吐き出された。ただでさえボロボロな体を、意識だけで無理やり立ち上がらせたような、体と頭が相関を持っていない状態に見えた。
 それが収まると、口の端についた血を手の甲で拭い、『彼』はワラう。


≪クズのお前と、『俺』の金眼が同じだと?ははははははははは!!! 笑わせる!≫


 今までになく眩く輝く金眼。高い哄笑。

 ……誰だ、コイツは?


「……君、は……一体……」
≪『奴』は、奴の戒鎖ウィンデルを壊した。それが意味するのは『開眼』。『俺』の解放だ!≫


 『夕鷹』の金眼が煌いた瞬間、彼を真ん中に、とんでもない速度で純白の衝撃波が走った。触れたものすべてを消し飛ばしながら、それは玲哉に迫り来る――!!


「くっ……!」


 展開が速すぎる。
 間に合うかどうかわからなかったが、玲哉は立ち上がると同時に、瞬間的に自分の紫電を最大限に引き出し、真後ろのパネルなどがある壁に雷撃をまとった拳を叩きつけた。この部屋は、施設の真ん中の一番奥にあるから、壁の向こうは外だ。
 さっきの雷弾とよく似た力をぶつけられ、ボロボロと崩れ去った壁の向こうに飛び込んだ玲哉の背後で、『夕鷹』の一言。


≪消し飛べ≫


 ――瞬間。

 攻撃的なまでの純白の光が、部屋から溢れるほどに溢れ、、、、、、、、、、、、、音という音さえ立てずに、動力制御室全体が、ごっそり消えた。
 まるで、最初から存在しなかったかのように。


(コイツっ……!?)


 ばっと振り返った時には、すでにそこには何もなかった。玲哉は、久しく感じたことのない畏怖を覚えた。
 その輝く金眼と、目が合った。
 自分と同じで、まったく違う金眼。

 金眼。


(っ……! まさかッ……!!)


 行き当たった結論を、疑うことしかできなかった。しかし、こんな強すぎる力を持つ理由は、それしか見当たらない。
 動力制御室があった空間に立つ『夕鷹』を、愕然と見つめる玲哉の視線の先で、『夕鷹』の哄笑が響く。


戒鎖ウィンデルは外された。夢幻の存在の力を見せてやる。お前がルトオスを喚ぶより前にな――!!≫





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 ずん、


≪なんだっ!?≫
≪くっ……?!≫
「っ……!!」
「夕鷹っ……!?」


 周囲の空気を食らい尽くすような、異様な空気。〈フィアベルク〉、〈ガルム〉、天乃、梨音の四人は、それが流れ出してくる方向を――プロテルシアを、同時に振り返っていた。


(まさか……戒鎖ウィンデルを外したのか!? くそっ……このままじゃ、やばいッ!!)


「姉さん、休戦にしよう!今はこんな場合じゃない!」
「梨音、一体、何が起きてる?!」
「後で説明する!〈ガルム〉、夕鷹のところへ!」
≪承知した≫


 状況がわからず戸惑う天乃に梨音はとっさにそう返し、〈ガルム〉をこの空気の発信源へと向かわせた。〈ガルム〉は強靭な足で地を蹴り、弾かれたように岩場から駆け出す。
 それを呆然と見つめる天乃を乗せ、空に飛ぶ〈フィアベルク〉が焦った声を上げた。


≪アマノ、コイツぁやべェぞ!コイツは……!!≫
「あの子の相手は玲哉!あの子に何か起きたのなら、玲哉が心配……〈フィアベルク〉!!」
≪わかってらぁ!≫


 天乃の一言で指示を聞き分け、〈フィアベルク〉はバサリを漆黒の翼をはためかせて、地上を駆ける〈ガルム〉の後を追って飛翔する。


 ……………………





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「―――――……え……」


 ……それだけでも声が出せたのは、奇跡だった。

 消滅した部屋のど真ん中。360度仰げる暗雲の空の下で、高笑いする見知った背中。
 安心感と温かさを感じていたその背中は、今は、とても冷ややかに見えて。

 空色の瞳を見開いて、椅遊は部屋の入口で、目の前の光景を驚愕の表情で見つめていた。


「……ゆ……ゆた、か……?」


 目の前で消え去った部屋。白い衝撃波は、自分の目の前で消滅した。それに巻き込まれなかったのもまた、奇跡としか言いようがない。


戒鎖ウィンデルは外された。夢幻の存在の力を見せてやる。お前がルトオスを喚ぶより前にな――!!≫


 幾重にも重なる不思議な声音がそう言って、玲哉を、世界を、すべてを嘲笑う。耳朶を震わす哄笑――。


「そこか!?」
「椅遊っ!?」


 愕然と立ち尽くす椅遊の耳に、男の声と少女の声、そしてバタバタと走ってくる足音が届いた。だがそれだけで、反応ができなかった。
 やがて、その足音は自分の真横に来た。固定されたように動かない視界に、黒い後ろ姿が横から入ってくる。それからガクンと肩を揺さ振られ、椅遊は自分が『彼』から目を離せなくなっていたことに気付いた。


「椅遊、無事だったんだ!どーしたの?大丈夫っ?!」
「……り、りっか……」


 自分を揺さ振った蜜柑色の髪の少女が、目の前にいた。助けを求めるように弱い声で、名前を呼ぶ。


「……おい……アイツ、どうなってやがる!?」
「えっ?!」


 無事な椅遊と再会できてホッとしていた六香の腕を、楸がぐいっと引っ張って半回転させた。部屋の中を見なかった六香は、楸と椅遊が見ていた方向を見た。
 そして、明らかに人のものではない強大な存在感を宿す、『夕鷹』の背中を目に捉え……六香は、ぞっと顔を青ざめさせた。


「ゆっ……、……ゆ……夕鷹、なの……?」
「まるで別人じゃねぇか……!おい、アイツ何者だ!?」
「あ、アタシだって知りたいわよっ!椅遊、一体何が……!」


 『夕鷹』本人には、とてもじゃないが声をかけられなかった。自分達より先にいた椅遊に聞こうと、彼女を振り返った直後。
 ぞくりと、六香の首筋を視線が這った。冷や汗を浮かべて、もう一度、消え去った部屋の方をゆっくりと振り返ると。黄金の輝きを放つ双眸が、自分達に向いていた。
 その瞳に映るは――純粋なまでの冷酷さ。


「こ、こんなの……」
「……ッ」
「ちッ……!」


 青ざめる六香と椅遊に、やばい状況に舌打ちする楸。
 そこにいるのは、もはや夕鷹じゃなかった。夕鷹の皮をかぶった、人あらざる存在。

 ――殺される。そう本能が訴えていた。
 しかし、その畏怖しか覚えない金の瞳に、かすかに、寂しげな、困ったような、そんな感情のようなものが見え隠れしたのは……気のせいだろうか。


≪逃げられると思うなよ≫


 ターゲットにされたと思った三人の見つめる前で、『夕鷹』は、くるりと後ろを振り返りざまそう言った。『彼』の見た先には、かなり離れたところにいる玲哉。
 『夕鷹』の声と同時に、『彼』から玲哉に向かって、再び、白い衝撃波が放たれた。それは、よく見れば、高密度に凝縮された――生粋な聖力。

 それが放たれた、それを見た直後。――その衝撃波は、玲哉の目の前にまで迫っていた。
 回避が不可能な、零距離にまで。


「なっ……!?」


 ……速すぎた。反応が遅れたわけじゃない。
 まったく目に捉えることができなかった有り得ない急接近に、玲哉は驚愕しながらも、本能的な危機に急かされて身を横にズラした。しかし、そう判断したように、やはり避けられず――、視界が白く染まった。



 ……………………










 ……死んだ、と思って呆然としていたのは、恐らく数秒。
 目の前を覆っていた白い光がいつの間にか消え去り、自分がさっきと同じ景色を見つめていることに気が付いた。
 その途端、急角度に、グラっと視界が右側に傾いた。わけがわからないまま、踏み止まろうとしたが、おかしなことにバランスが取れない。そのまま、玲哉はドサッと横に倒れた。


≪……消したのは腕一本か。だが、もう動けないだろう≫
「っ……な……?」


 横倒しの視界に映る『夕鷹』の言葉を聞いて。玲哉は、あまりにも軽すぎる体の左側に気付いてしまった。
 目を向けると……予感通り、左にあるはずのそれがなかった。
 付け根から丸ごと一本、左腕が、なかった。
 しかし――恐怖より先に、彼を支配したのは、苛立ち。


「……くそっ……!!」


 腕を、消された、、、、
 玲哉を真正面から狙った純白の衝撃波は、わずかに的を外し、玲哉の体の左側を駆け抜けていた。
 見たところ、アレは純粋な聖力。聖力は、飲み込んだものを圧迫する性質がある。
 聖力、魔力は、その密度、濃度で強さが決まる。強い聖力は、その高圧力でモノを潰し、塵も残さない。

 驚くほどすぐに状況を呑み込んだ玲哉は、それと同時に、自分がもう助からないということを予感した。
 傷口を、残った右手で押さえる。不思議なことに血は流れておらず、綺麗すぎる切断面は、瞬間的に凍りついたようだった。痛みもない。
 その格好のまま、起き上がろうとする。しかし、急に左腕をなくした体を支えるバランスがとれず、また倒れ込む。


≪無駄な足掻きだ≫


 冷淡な『夕鷹』の声。また起き上がれずに、倒れてから『夕鷹』を見やると、『彼』は、全身からゆらめく聖力を湯気のように立ち上らせていた。また、あの衝撃波が来るのだと、玲哉は他人事のように思った。
 魔術にも変換されていない聖力が視覚できる時点で、あまりにも濃度が高すぎる。いくら金眼者バルシーラと言えど、人間――いや、生き物の聖力で、このような芸当は無理だ。

 強くなる、聖の気配。アレが凝縮されて放たれるまでに、自分がこのバランス感覚を掴み、逃げるのは不可能だった。
 しかし、諦めたくはなかった。決して。無駄だとはわかっている。それでも足掻く。
 なぜなら、自分は―――


(俺は………………まだ、復讐してない!!)


 そのために、今まで生きてきたようなものなのだから。



「―――――ゆたかっ!!!」



 今にも聖力が放たれそうな緊迫した空気を、澄んだ高い声が裂いた。
 声の主はわかっている。『夕鷹』が振り向こうとすると、その横を、控えめな足音とともに浅葱色の影が走り抜けた。
 その影を追って、再び前を向くと。桜色の髪の少女がコチラを向き、強張った表情で、両手を広げて立っていた。
 ――まるで、玲哉をかばうように。彼と『夕鷹』の間に立って。


≪……!≫


 その時。……今まで傲慢な態度だった『夕鷹』が、動揺した。一瞬、垣間見えたその顔は、紛れもなく、元の夕鷹のもので。
 しかし椅遊は気付けず、泣きそうな顔で、ふるふるとかぶりを振った。


「だめ、ゆたかっ……やめて!やだ……!!」


 ……見たくなかった。こんな夕鷹なんて。
 してほしくなかった。玲哉が敵なのだとしても、殺してしまうなんて、嫌だった。
 何より、怖かった。
 もし、夕鷹が玲哉を殺してしまったら………………自分は、きっと、夕鷹のことを嫌いになってしまうだろうということが。
 こんな夕鷹なんて。そんな自分なんて。



「やだあッ―――!!!!」



 ……死んでしまった方がいい。

 鈴のような声が、天を突いた。高く遠く、響く声。
 ―――そして。



 椅遊の体から、紫の衝撃波、、、、、が放たれた。



「「「?!」」」
≪……!?≫


 その場の全員はもちろん、『夕鷹』さえも目を見張った。
 椅遊を中心に放たれた紫の衝撃波――圧縮された魔力は、標的を絞らぬまま、周囲にあるものすべてを、その性質で膨張、破裂させながら拡大していく――!


「皆さん、逃げて下さいッ!!!」
≪気をつけろ!!≫


 少し遠くから、梨音の鋭い声と、〈ガルム〉の耳朶を震わす低い声が響くのと、


「玲哉っ!!」
≪レイヤ!!≫


 途中で〈ガルム〉を追い越してきた、天乃を乗せた〈フィアベルク〉が、その勢いのまま、転がっている玲哉の服を尖った爪で引っかけるようにして掴み上げて飛んでいくのと、


「やべぇ……!!」
「きゃあっ!?」


 呆然と突っ立っていた六香を、楸がとっさに担ぎ上げて、背後のプロテルシアの屋根に跳躍して上がるのと、


≪っ……!!!≫


 椅遊の真正面の『夕鷹』が、聖力を放出したのは―――ほぼ同時だった。

 直後、物凄い重圧が正面からぶつかった。ズシ、と腕にのしかかる。
 それを、己が発する強い聖力でなんとか相殺する。魔力は、その聖力さえも破裂させようと、一瞬も攻めの手を緩めない。つまり、一瞬でも守りの手を緩めれば……やられる。

 守りに気を張ったまま、椅遊を視る、、。しかし――それ、、は、閉じたままだ。


(〈扉〉は閉じているのに、ルトオスと同調シンクロしている!? 何だコイツは……!!)





 ……………………










 ―――不思議な娘だ


 ……声が、した。


 ―――〈扉〉は閉ざされているというのに、貴様は余に呼びかけてきたのか


 真っ暗だ。何も見えない。だけど、声は聞こえる。
 誰……?
 楽しそうな、小さな笑い声。
 なぜか……聞き覚えのある声。


 ―――面白い


 ……視える、、、
 白い、誰かの横顔。
 見据える、銀色の双眸。
 あなたは……


 ―――いいだろう

 ―――望むのならば、力を貸してやる

 ―――しかし、空界に召喚された場合は…………










 ……………………










「椅遊っ!!」


 悲鳴にも似た声で名前を呼ばれ、椅遊ははっとした。六香の声。
 それがわかると同時に、目の前で『夕鷹』が、勢いの弱まった魔力を無造作に握り潰した。魔力は呆気なく潰れ、大気に、見えない濃度になって消えていく。
 その拳を開き、手のひらを見つめてから……『夕鷹』は、目だけで椅遊を見た。
 忌々しげな、眩い金の瞳。


≪……誓継者ルースは、ルトオスを召喚するだけだと思っていたが……そうか。抑止力がなくなったから、思念こえが直接ルトオスに届くのか≫


 何処か腹立たしげでもある低い声音で、そう言うなり。
 『夕鷹』は、思い出したように唐突に咳き込み、ボタボタと血を吐いた。


「「「――!?」」」


 まったく予兆のない吐血。しかもその吐血は、そのままにしていれば、明らかに致命的である量で。


「夕鷹ッ!!」


 何が起きたのかわからず言葉を失う、この場に残っている椅遊、六香、楸の三人の耳に、梨音が『夕鷹』を呼ぶ声がした。〈ガルム〉に乗って現れた梨音は、『夕鷹』に向かって〈ガルム〉を走らせる。


「動くなっ!! それ以上、動いたら……!!」
死ぬ、、だろうな。貴様にかぶせられたソーンも、ようやく壊れる!≫


 笑い声。血を口の端から流したまま、後ろを振り返り、歓喜に高ぶった声で言い放つ『夕鷹』の輪郭をなぞる白い波動が、その色を濃くしていく。――聖力の衝撃波の予兆。

 椅遊は、拳を握り締めた。よくわからないが、『夕鷹』の放つ聖力はやばすぎる。いくら梨音でも、どうにかできるレベルじゃない……!


 ―――見せてやれ、背を向けているあの愚か者に


 ……また、声がした。
 しかし、今度は気が遠くなることもなく、ただ声だけが耳元で聞こえる。
 けれど、不思議と驚かなかった。何処か懐かしい気さえする、無感情で、無機質な声。
 あなたは……誰?


 ―――どうやら貴様は、余と同調したようだ

 ―――ならば解き放て、余の力を

 ―――示すがいい、貴様が望む軌跡を


 ……示す?
 何を?どうやって?
 それに、あなたは誰?

 わけがわからなくて混乱しながら、『夕鷹』を見た時には。白い光が膨れ上がり、梨音に向かって衝撃波が放たれていて―――


「―――――いやあああッッ!!!!」


 梨音が、消される、、、、
 そう思った途端、ぞっと、体の真中に穴が空いたような感覚に襲われて、気が付いたら叫んでいた。
 その瞬間。先ほどの『夕鷹』をなぞるように、椅遊の体からも紫の光が膨れ上がり、『夕鷹』に向かって衝撃波が走る!


≪ッく!!≫


 『夕鷹』は振り返りざま、さらに強い聖力を盾にした。ギシギシと聖と魔が拮抗し、全神経がそっちに向かう。
 ――その背後。


「『戒めの鎖よ、砕けることを許すな。その煌きを縛り、境を制せよ。汝は不破の鎖』」
≪っ……!!≫


 跳躍した〈ガルム〉を、聖力を食らう寸前に魔界へと還し、自身は空中でギリギリ回避した梨音が、宙で詠唱しながら降ってきて。
 その詠唱を聞いた『夕鷹』の表情が、明らかに強張った。――恐怖。


「約束が違うのはわかってる。だけど……まだ、覚醒めざめないで」


 その『夕鷹』の真上に降ってきた梨音が、小さな声で語りかけながら正面に手をかざすと、その手前に黒環が浮かび上がった。それは瞬く間に伸び、魔を押さえるので精一杯な『夕鷹』に、蛇のように絡みついていく。


≪やめろ!! くそっ……!『俺』は……!!≫
「『第二呪咒アバルゲ戒鎖ウィンデル、結』」


 『夕鷹』の上に落ちてきた梨音が、そう紡いだ。
 ――すると。
 お互いに相殺しきった聖と魔が、弾けた。
 そして、黒の戒めが、ドクンと脈打つ。


≪がぁああああッッ―――!!!!!≫


 封を、された、、 、、、
 両目を押さえ、『夕鷹』が張り上げた悲鳴は、咆哮のように、暗い空に高く、遠く、響き渡っていく。



 瞼の裏で、煌いていた金眼が、徐々に光を弱めていく。
 波紋の後のように、威圧感が引いていく―――


 そして、元の自分、、、、も、吸い込まれていった。


 ……………………





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