→→ Concerto 6


「……っあ〜〜……いてぇ」


 起きた瞬間、襲ってきたのは痛みだった。いつの間にか包帯が巻かれている脇の傷を押さえ、夕鷹が顔をしかめながらベッドから体を起こすと、今度は詩嵐に殴られた鳩尾が悲鳴を上げた。吐く物がないのに嘔吐感に苛まれていると、


「……おはよう、夕鷹。……大丈夫?」
「うえ、気持ち悪……つーか梨音、いたんだ……」


 部屋には、床にペタンと座って真っ白な紙を広げている梨音がいた。右手には、しっかりボールペンが握られている。
 ふと、夕鷹は視界の下の方に何かあることに気付き、何気なく視線を落として、夕鷹は目を瞬いた。それに気付いたらしい夕鷹に、梨音が短く説明した。


「……言っても聞かないから、そのままにしたんだ」


 夕鷹の枕元の近くに、椅遊がいた。ベッドを机のようにして熟睡中である。梨音がかけたのか、肩には布団がかけられている。


「っつーか、何でココで寝てるわけ?」
「……随分、夕鷹のこと気にかけてたよ。多分、夕鷹の傷のこと、自分のせいだと思ってるんだと思う」


 梨音はそう答えながら、1枚の白い紙に魔方陣のようなものを簡略化したものをサラサラと描いた。その見覚えのある行動を見て、夕鷹は「へ?」と目を丸くした。


「まさか、やるつもり?」
「……忘れないうちに、やっておこうと思って」
「あー……うん、まぁ……」


 何処となく気が進まない様子の夕鷹を無視し、梨音はその紙を手のひらサイズの球体に軽く丸めて。


「『散れ、粒子の軌跡よ』」


 小さくそう唱えてから、丸めた紙を夕鷹の方へ投げた。紙は、夕鷹の手前に落ちる寸前で塵になって消える。その代わりに、その場所を囲むように紙に描いたのと同じ大きな魔方陣が床に浮き上がった。さっきの術は、魔方陣を大きく描く手間を省くための梨音流の術だ。
 黒い魔方陣の一番外側の円から、黒い燐が光っているのを確認して、目を閉じる。


「『戒めの鎖よ、砕けることを許すな。汝は不破の鎖』」


 梨音が唱えた途端、その黒い燐が長い長い鎖を象った。それがくるくると螺旋を描きながら、夕鷹の周りに浮遊する。


「『戒鎖ウィンデル、結』」


 最後の詠唱を唱えると、夕鷹の周りを浮かんでいた黒い鎖がスゥっと姿を消した。同時に、魔方陣も端から消えていく。魔方陣が完全に消えたことを確かめ、梨音は夕鷹に聞いた。


「……違和感ない?」
「ん、別に?いっつもソレ聞くけど、違和感ある場合ってあるの?」
「……コレも自分で作った術だから、基盤が不安定なんだ。だから、ある場合もあると思う」
「そんな危なっかしいの、かけてたのか……まぁいーけど」


 と、夕鷹がベッドから下りようとした時、ちょうどよく椅遊が起きた。眠たそうにゆらっと頭をもたげ、夕鷹が起きているのを見て、ぱちくりと瞬きしてから。


「ゆたか!」
「……あれ?」


 嬉しそうに顔を輝かせて、高いトーンの綺麗な声が、彼女の口から飛び出した。
 その変化に、夕鷹はすぐに気付いた。キョトンと、笑顔を浮かべている椅遊を見つめてから、梨音を向いて。


「……今、喋った?」
「……一昨日から、ボクらの名前を喋れるようになったみたい」
「へぇ〜。椅遊、おめでと〜」


 椅遊が少し喋れるようになったのを笑顔で祝った。するとそれを見た椅遊は、はっと笑顔を失い、しゅんとうな垂れた。「へ?」と夕鷹は首を傾げる。
 一昨日もそうだった。詩嵐と戦っている最中、安心させようと笑いかけたら、椅遊は何故か涙を流した。今もまた、喜ばせるどころか逆に気分を沈めてしまっている。
 その理由がわからず、夕鷹は困った顔を梨音に向けた。それに対して梨音は、仕方なさそうに口を開く。


「……夕鷹、六香さんは、フルーラさんと夢風車亭に行ったみたい。呼んできてよ」
「へ?あ、うん、了解!そんじゃ行ってきます!」


 それが、梨音が与えてくれた逃走チャンスだと気付いた夕鷹は、すぐさまそれに乗った。ココから夢風車亭まではそれほど距離はないが、十分、時間稼ぎにはなる。夕鷹は枕元にあったジャケットを引っ掴んで、ベッドから飛び下りて部屋から駆け出して行った。面倒臭いことは、やっぱりキライだ。


「……夕鷹が、あんなに純粋に笑う理由……わかりますか?」


 とてもじゃないがケガ人に見えない夕鷹の突拍子な行動に、椅遊が唖然としていると、一緒に部屋に残った梨音に声をかけられ、椅遊は梨音を見た。彼は、使っていた宿のペンを、元あった場所に戻していた。


「……邪気を知らないわけじゃないんです。むしろ、逆……邪気なんてもの、夕鷹は、嫌と言うくらい知っています」


 手が空いた梨音は、ゆっくり椅遊を振り返った。


「……夕鷹は、たくさんの哀しみを抱えています。その哀しみを押し隠しているから、夕鷹はあんな笑顔で笑えるんです。……そして貴方は、その笑顔の理由を、無意識に見抜いてしまった」


 梨音の鋭い指摘に、ビクッと椅遊の肩が震えた。
 詩嵐との戦闘の時に見た笑顔。なんて哀しい笑顔なんだろう――そう思った瞬間、知らずのうちに涙が溢れてきた。
 さっきだってそう。彼の笑顔を見ると、なぜか無性に哀しくなる。逆に彼を困らせてしまっているのだが、あの笑顔には笑い返せないのだ。


「……まるで月です。たくさんの傷を負いながらも、他人のために輝き続ける……」


 確かに、とてもよく似ていると思った。幾多のクレーターを抱え持つ月は、それでも毅然として輝く。
 たくさんの傷を負い持つ夕鷹もまた、それでも毅然として輝いている。
 梨音の一言に、椅遊が同感を示そうと頷いた。それから椅遊は、言葉を紡ごうと口を開く。


「りおん……どして、ゆたか……の……?」


 夕鷹達といて得た知識でそこまで必死に繋いで、椅遊はわからなくなって眉をひそめて首を傾げた。言いたいことは決まっているのに、どう言えばいいのかわからない。
 それだけでも彼女が何を言わんとしているか、なんとなく悟ってしまった梨音は、


「……ボクが、どうしてこんなに夕鷹のことを知っているか、ですか?」


 全然、喋れていない自分の伝えたいことを理解してくれた梨音に、椅遊は驚いた顔をしてから、コクンと頷いた。
 何せコレは、六香にもう何度も聞かれていることだ。その度に、こう答えてきた。


「……ボクが、昔から夕鷹と一緒にいたからですよ」


 嘘は言っていない。ただ、コレだけでは六香は納得してくれなかった。今はもう気にしていないのか聞いてこないが、心の何処かでは「知りたい」という気持ちがあるはずだ。梨音のその不充分な返答に、椅遊はキョトンとしてからやはり不満そうに頬を小さく膨らませた。
 しかし、ココから先は、梨音の予想の範囲外だった。椅遊はもう少し詳しく聞きたくて、じーっと梨音を見つめる。


「………………厳密に言えば、3年前からだと思いますが」


 横から突き刺さる物凄く不満そうな視線に折れたのか、梨音はぽつりとそう付け足した。ようやく正確な数値が出てきて満足したのか、椅遊はうんうんと頷いた。
 その時、部屋のドアが開いて、夕鷹と、六香と、妙に疲れた様子のフルーラが帰ってきた。フルーラは椅遊の傍らまで歩いてくると、バタンと倒れ込んだ。疲労困憊なフルーラを、椅遊が癒すように撫で撫でする。


≪お、重かった……やはり最高でも、梨音と椅遊の二人しか乗せられないな……≫
「……乗ってきたんですか?」


 フルーラの言葉から大体のいきさつを理解した梨音が六香に問うと、六香は「そっ」と頷いて、


「早く帰った方がいーかなって思って、フルーラに頑張ってもらっちゃった♪」
「ついでに俺も乗せてもらっちゃった〜」
≪六香ならともかく、夕鷹、お前まで乗るなんて聞かなかったぞ!勝手に私の背中に乗るな!≫
「ノリだって、ノリ〜」
≪ノリで済ますな!≫


 マジメなフルーラの突っ込みを受けながら、夕鷹は頭を掻いて笑った。
 もうこのシーヴァに用はない。思わぬ被害を受けてしまったが、とりあえず死者が出なかっただけでいいとする。
 梨音は、一番容態が心配される夕鷹の様子を見てから、聞いてみた。


「……夕鷹、動ける?」
「ん、全然おっけー、余裕よゆ〜。そんじゃ、先に進むっか?」
≪そうだな。一晩越したから、ちょうどいいだろう。セルシラグへの最短コースは、どういう経路だ?≫


 フルーラが疲れた様子で床に伏せたまま、顔を上げて博識な梨音に問うた。梨音は1つ頷いて、前々から立てていたコースを話し始めた。


「……ココから北に、ラシャ湾に面したデュリスという港町があります。そこから船に乗って、イースルシアのプライルという港町に行けば、遠回りしなくて済みます。……それからは、自力で行くしかないでしょうね」


 ラシャ湾は、フェルベスとイースルシア間にある大きな湾だ。デュリスとプライル、2つの港町は、ちょうどそのラシャ湾を隔てて対岸に位置している。


≪……そうか。ラシャ湾を越えられるだけでも、まだいいか。とりあえず、その港町に行こう。それから先は後で考える≫


 頭の中に地図を思い浮かべて梨音の言うコースを辿りながら、フルーラは仕方なくそれで妥協した。


「……なら、もう行きましょうか」
「えっ?も、もう行くの?」
「……詩嵐さん達が騒動を起こした以上、この街にはもう長居していられませんから」
「あ、うん、そーだけど……街出る前に、もっかい夢風車亭、寄ってもいい?」


 六香はそろーりと全員の顔色を窺うように目で皆を見渡し、小声で言った。どうやら何かを買い忘れたらしい。
 ホントに好きだなぁ、夢風車亭……と苦笑して、夕鷹が鍵を出そうと、ジャケットのポケットに手を突っ込んで言う。


「まぁ、いーっしょ?それくらい。でも早めにね〜」
「わかってるって!ところで夕鷹、アンタ、大丈夫なの?」


 ふと、夕鷹の脇の包帯が目に入り、六香がケガの状態を問うた。六香も右腕を負傷しているが、夕鷹ほど深くはない。
 どうやら、さっき梨音に「動ける?」と聞かれた時は傷のことだと思わなかったらしく、夕鷹は今言われて初めて思い出したのか、「あー……いてて」と脇を押さえた。


「ま、大丈夫だって。思い出したら、ちょっと痛くなってきた……あ、あった。はーい皆さん、部屋から出ましょ〜」


 ポケットからようやく見つけた鍵を引っ張り出し、そう言いながら四人を廊下に追いやる。最後に自分が出て、ドアを閉め鍵をかけた。引いてみて鍵が掛かったことを確認して、


「よっし、おっけー。そんじゃ旅立ちますか〜」
「デュリスって、海が綺麗で観光地になってるトコよね?あぁ〜楽しみ♪」
「……観光じゃないですよ、六香さん」
「わ、わかってるってば。ね、椅遊も楽しみだよね?」


 ぞろぞろと出口の方面に歩きながら六香が思わず本音をこぼしてしまうと、梨音に即釘を刺された。六香は笑ってごまかし、同志を増やそうと椅遊に同意を求める。椅遊はキョトンとしてから、少し首を傾げて頷いた。


「ホラっ!椅遊も楽しみだって♪」
≪言っておくが、椅遊は意味はわかってないぞ。お前が嬉しそうに話すから、楽しいものだと思っているんだ≫
「そーゆー観点なのね……でもホント、見てみる価値あるよ〜♪ あ、はい、5号室の鍵」
「そんじゃ、2部屋空けますよ〜」


 椅遊の興味をそそるように言いながら、六香がすでに鍵を掛けてきた自室の鍵をポケットから出して受付に返却する。その後に続いて、夕鷹も鍵を受付の上に置いた。
 そして、何気なく目線を上げた時。受付の女性と、目が合った。
 その瞬間、女性の顔が強張った。


「ひいっ!?」


 女性は短い悲鳴を上げ、身を大きく後ろに引いて叫んだ。



 ――ああ、忘れてた。
 俺は、みんなに恐れられる存在なのに。



「き、金眼よ!呪われた瞳よぉ!!」


 女性の叫び声に、周囲にいた一般客がばっと一斉に夕鷹を振り返った。
 その瞬間、夕鷹の顔からすっと表情が消え去ったのを、椅遊は見た。


「街の門で、待ってるから」


 突き刺さる蔑んだ視線と小声の会話が聞こえてくる前に、夕鷹は六香に一言言い捨て、鍵を受付に置き捨てるなり、見向きもしないで外へ出ていった。


「……ボクも、入口の門で待ってます。六香さん達は、用を済ませてから来て下さい」
「……わかった」


 梨音は六香達に心持ち早口にそう言い、六香の低い返答を聞く前に夕鷹を追って宿を飛び出した。
 受付の女性と周囲の客人達は、しばらく静止状態だったが、突然音が戻ってきたように動き出した。しかし、先ほどと明らかに雰囲気が違う。さっきの和やかな空気とは違い、息が詰まるような嫌悪が漂っていた。

 椅遊とフルーラには、何が起きたのかよくわからなかった。呆然と突っ立っていると、鍵を返していた六香が二人の背中を押した。


「はいはいっ、椅遊、フルーラ、夢風車亭行くよっ?」
≪六香、アレは一体……≫
「いーから出るのっ!ホラ、進む!」


 フルーラの言葉を遮って、六香は二人を強引に宿の外へ押し出した。宿のドアを閉め、六香は息を吐き出した。――嘆息。
 それから歩き出した六香を倣って、椅遊とフルーラも彼女の目指す方へ一緒に歩いていく。三人で横に並び、黙って夢風車亭への道を歩いていたが、しばらく歩いたところで椅遊が耐え切れなくなって、隣の六香に聞いた。


「りっか……」
「さっきのこと……気になるの?」


 言わずとも、そのことだろう。六香がそう問い返すと、椅遊はすぐに小さく頷いた。
 あの光景を、何度見てきただろう。六香はもう一度だけ嘆息して、話し始めた。


「夕鷹ってさ、金色の目、してるじゃない?気付いてた?」
≪あぁ、金眼者バルシーラとは珍しいと思った≫


 六香の問いかけに、フルーラが頷きながら言った。椅遊も理解の意を表すために小さく頷く。


「んじゃ、聖魔闘争で、負けた聖王が金の瞳だったってゆーの、知ってる?」
≪あぁ、知っている≫
「じゃあ、話が早いわね。フェルベスって、国風はそうでもないのに無駄にプライドが高い国なのよ。とーぜん、敗者ってゆー汚点は認められないわけ。だから、フェルベスでは、聖魔闘争の敗者の聖王を嫌ってるの。アンタ達の方じゃどうなのか知らないけど、コッチの方じゃ、金眼は不幸を呼ぶってされてるんだよ」


 神話書では、聖王は金の瞳、魔王は銀の瞳を持っていたとされる。ちなみに、二人は破滅的に仲が悪かったらしい。

 生物の体は、8割以上ほどが魔力でできている。聖力は、その残り、2割以下程度しか宿していない。
 しかし稀に、先天的に、その割合が逆転した者が現れる。つまり、聖力が8割。医学では、「先天性異常構成症」と呼ばれるそうだ。
 だが、障害があるわけではなく、特に変わったことはない。――その双眸が、輝く金の瞳であること以外は。
 金眼の発現原因は、未だにわかっていない。だからこそ、皆が言う。
 金眼者バルシーラは、聖王の力を受け継ぐ者だと。

 だからフェルベスでは、金眼者バルシーラは恐れられてきた。それが今も根強く残っており、金眼者バルシーラは金眼に気付かれると先ほどの夕鷹のような扱いを受ける。昨日までは親切にしてくれた人々さえ、敵に回ってしまうのだ。


≪金眼が不幸を呼ぶ?コチラとはまったく正反対だな。イースルシアでは、金眼は聖王の力を継いでいるとされて、金眼者バルシーラは逆に歓迎されるぞ≫
「聖王の力を継いでるって言われてるから、コッチじゃ恐がられて、自分達と違うからって蔑まれるのよ」
≪そうなのか?私はフェルベスがフィルテリアだった頃から生きているが、そんな話は初めて聞くな≫


 六香の説明を聞き、その隣を歩いていたフルーラが少しだけ驚いたように言うと、六香も驚いて目を瞬いた。


「……フルーラって、すっごいおばーちゃんなんだ。フィルテリアって、聖魔闘争の頃のフェルベスでしょ?」
≪お、おばーちゃん……まぁ、そうだな≫


 『おばーちゃん』という発言に少しショックを受けながら、フルーラは肯定した。事実だからしょうがない。
 夢風車亭に着き、六香は「夢茶2本下さ〜い!」と店の奥でくつろいでいたおばさんに叫ぶ。どうやら夢茶のストックを買い忘れたらしい。
 おばさんが柔和な笑顔で立ち上がって夢茶を取りに行っている間に、六香は腰回りに付けている小さなバッグから財布を取り出しながら、


「この話、国民くらいしか知らないんだよ。他国との関係をこじらせないためらしいから。他国の観光客とかいるところで金眼者バルシーラを見かけても、叫びたいのを我慢するんだよ。もっんのすごく嫌な顔してるけど。聖王をこんなに嫌ってるの、フェルベスくらいだし、やっぱり戦争は嫌だからね」
≪確かに、その話がコチラの国王の耳に入ろうものなら、王は同盟関係を解消するだろうな≫
「あーっ、やっぱりそーなんだ。実は今の、アタシの分析結果なの。やっぱり、そーゆーわけか〜」


 両手に2本、夢茶を持ったおばさんが戻ってきた。代金を財布から出し、レジの上で、袋に入った夢茶2本と金貨1枚を交換する。おばさんからお釣りをもらって財布に入れ、バッグにそれを戻す。
 自分の回答が当たっていたことに嬉しそうな六香に、フルーラは逆に驚いて言った。


≪『他国との関係をこじらせないためらしい』というのは、お前が自分で見つけたのか?≫
「うん、まーね。でもホントに、外国人の前だと無理して悲鳴堪えるのよ。アタシが夕鷹達と一緒にいるようになってからしばらくの間は、アタシの前で悲鳴なんて上げなかったし。今はコッチの環境に慣れちゃったから、フツーにフェルベス人に見えるみたいだけど」
≪……? 六香、お前はフェルベスの人間ではないのか?≫


 ようやく気付いたらしいフルーラに、六香は街の門の方に足を向けながら、あっさり「そーよ?」と頷いた。


「アタシは、バルディアの人間よ。やっぱ、今だとフェルベス人に見える?」
≪あぁ、夕鷹達とまるで変わりないな。バルディアは、コチラより肌の白い人間が多いだろう?≫
「うん、白人ばっかよ。バルディアって、雰囲気も天候も暗いから。アタシも、昔はもーちょっと白かったの。透明感ありすぎな肌、みたいな感じ?今は、適度に焼けてきたみたいだけどね。アタシ、元々、この国の偵察に来たの。よーするに密偵」
≪なるほどな、どうりで分析力が高いわけだ≫


 「あは、褒められちゃった♪」と六香が椅遊に言うと、椅遊も笑顔で頷いた。

 六香は、3年前に、バルディア帝国の密偵の一人として、兄二人と親友の海凪、その他の人間とともにフェルベスに放たれた。
 その頃の六香は完全なオマケだった。両親を早くに亡くした真琴家では、兄が二人も他国へ行ってしまうと、幼い六香が一人ぼっちになってしまう。そんな理由から、兄二人が軍上部に無理を言って連れてきたのだ。
 一方、同い年だった海凪は、その頃からすでにその能力を開花させていた。海凪の両親は軍上部の人間で、凄腕の軍人だったという。その血が、色濃く海凪にも流れていたのだろう。

 聖王を邪険する、フェルベスの人々。いつからこのようになってしまったかは、もう誰にもわからない。


「……おかしいよ」


 ぽつり、と六香が呟くのが聞こえた。


「夕鷹にとって、ココはつらい場所なのに……どーして夕鷹は、この国が好きなの……?」
≪………………≫
「りっか……」


 フルーラの沈黙と、椅遊の案ずる声が耳を突いた。


  『俺、フェルベス好きだな〜』


 一昨日に聞いた、シーヴァに入る直前の言葉。
 フェルベスは、金眼者バルシーラである彼にとって、最も忌むべき場所であるはずなのに。


(……アタシも、人のこと、言えないけど)



  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪



「夕鷹……」
「ん……別に気にしてないって。慣れてるよ」


 門の真下。二人は、門の左右の石柱に向き合って寄りかかっていた。少し距離のあるところからの気遣わしげな声に、夕鷹は平然と笑った。


「俺って、昔っからあーゆー扱いされてるじゃん?だから、もう日常の一部なんだって」
「……じゃあ何で、金眼者バルシーラだって気付かれた時、いつも真っ先に立ち去るの?」
「だって向こうが怖がるじゃん」
「……自分が怖いだけのクセに」
「……言ってろよ」


 今までずっと一緒にいるこの少年には、言い争いで勝てる気がしない。苦々しい気分で溜息を吐くとともにそう吐き捨て、すべてを見透かしたような目をする梨音から目線を逸らした。


「……夕鷹」
「ん?」


 街からの賑やかな声に掻き消されながら、梨音の小さな言葉が夕鷹の耳に届いた。応じて梨音を見ると、彼は目を伏せて。



「―――ボクらは、何処へ行けばいいのかな」



 居場所を失った、自分達は。
 詩嵐と舞歌は、自分達にとてもよく似ていた。
 祖国から追放され、同族に対して憎悪を抱いていた舞歌と、悲哀を抑え込んでいた詩嵐。
 ――今でもなお、この国に対して憎悪を抱く自分と、悲哀を抑え込む夕鷹。



「…………さーね」



 そんなの、わからない。
 もしかしたら、すでにないのかもしれない。
 天から見放された、自分達の居場所なんて。
 紅い過ちと禁忌を犯した、自分の居場所なんて。



 ――きっと、この世の何処にもありはしないのだ。





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