→→ Concerto 3

 フルーラは自分の身くらいは守れるだろうが、椅遊にはまったくもってそんな能力がない。だから椅遊を逃がそうと思ったが、それは目の前の青年によって阻まれてしまった。よって、自分は椅遊を護りながら戦わなければならない。

 周囲を目だけで見渡すと、自分達と詩嵐を大きく囲むように溝が走っていて、そこから勢いよく火が噴き出していた。恐らく、100度はゆうに超える温度だ。その溝が走っているところまでが、バトルフィールドとなる。


「あーホント、めんどくさいことになったなぁ……」


 溜息を吐いて言う夕鷹の背中を、椅遊がツンツンと突付いた。夕鷹が振り返ると、椅遊は申し訳なさそうな顔をして夕鷹を見上げていた。


「大丈夫だって。椅遊には近付けさせないからさ」


 夕鷹は安心させるように笑って言うと、詩嵐の方を向き直った。


「さってと……シランサンだっけ?の目的は、椅遊の捕縛と俺の始末だよな?何か利益でもあるの?」
「……その2つは、総帥直々の命令だぞ」
「あ、ってことは、報酬金目的か。総帥だからなぁ、トンでもない額だろーしね〜。で、金だけ?」
「お前が気にすることじゃない」
「んんー?じゃあ、まだ何かあるんだ」
「どうだろうな。行くぞ」


 意味深長なセリフを並べておきながら、詩嵐はそこでその話を途切れさせた。
 クランネは、媒体をかざして呪文を唱えるだけで理を操る、一種の魔術師だ。物理攻撃での対抗は難しい。


「椅遊、フルーラに乗って。そんでフルーラ、適度に逃げてくんない?俺、構ってらんないかもしんないし」
≪いいだろう。だが、クランネ相手に、どう戦うつもりだ?≫
「近距離だと、力が使えないだろ?見た感じ、シランサン、刀も使えるみたいだけど、頑張って殴り合ってくる」
≪んなっ……なんて無茶苦茶な≫
「大丈夫大丈夫、俺ってなかなか死なないから」


 フルーラにはほとんど苦し紛れの作戦に聞こえたが、夕鷹は振り返らずにひらひら手を振って言ってのけた。そして神経を詩嵐に向けると、彼の横顔が真剣なものへと見る間に変わっていく。
 堂々と普通の音量で作戦会議をしていた彼らの会話が聞こえていた詩嵐は、軽んじられたのが気に障ったのか、少し低い声で言う。


「人間が、私に勝てると思うな」
「それはコッチのセリフだよ、炎のクランネサン」


 夕鷹は、おかしそうに笑って言った。



  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪



 相手は風を操る。何処から奇襲されるか見当がつかない。
 それがわかると、梨音は六香の腕を掴んで一緒にしゃがみ、


「第15章、『拒絶の守護』発動」


 この術は、結界範囲が狭いほど強度を増す。高さを低くした緑の結界を自分達の周囲に張り、梨音は隣の六香に言った。


「……クランネは、振るう力は強大ですが、術者自体は普通の人間と同じです。舞歌さんに直接攻撃すれば、恐らく隙ができると思います」
「敵だって馬鹿じゃないんだから、わざわざ隙なんてつくってくれないわよ!」
「……なら、コチラが隙をつくるしかないでしょう」


 片膝を立てて梨音は教会を見上げ、舞歌の姿を探した。舞歌は、まるで空中に階(きざはし)があるようにタンタンとステップを踏んでいた。舞うように右手の指輪を突き出し、


RouGHラーフ >> dRauGHtドラフト#」


 呪文を唱え、狙いを二人に定める。来る、と二人が構えた直後、結界全体をギシギシと嵐のような風が煽った。しばらくすると風は止む。舞歌は整った眉を不愉快げに寄せ、壊れる気配のない結界を見て言った。


「それ、エルフの使う結界術かしら……?今の一撃で壊れないなんて、意外と丈夫なのね。……連続でなら、壊れるかしら?」


 梨音は、内心焦燥に満ちていた。――術者だけにわかる、『拒絶の守護』の耐久力。今のは、大分強い攻撃だったらしい。舞歌にはわからなかったようだが、あと数発食らったら、確かに崩れてしまいそうだった。


「……長く持ちそうにないです」


 ぽつりと六香にそう知らせると、梨音は魔導唄グレスノーグを小声で紡ぎ始めながら、ツンツンと六香の腕を突付いた。六香が振り向くと、梨音は、六香には理解できない言葉を続けながら、小さく頷いた。
 その魔導唄グレスノーグの響きには、聞き覚えがあった。六香は、梨音が言わんとしていることを悟り、了解した合図に「おっけーッ」とウインクした。梨音は安心したように目を閉じ、集中し始める。


「さって、んじゃ、行きますかっ!」


 と、六香は横に回転して結界内から抜けると、空を歩く舞歌に向かって発砲した。退避する準備と同時に風で銃弾の進路を逸らし、完全に銃弾から離れる。
 舞歌は、心の中で、安全な結界の中から飛び出してきた六香に驚き、結界の中に残っている梨音にも驚いた。彼は何もするつもりがないようだし、仲間割れだろうか?

 そんな心を表面には出さず、舞歌はクスクス笑いながら、悠長に言う。


「そんなひ弱なもの、わたしのところには届かないわ」
「『届かない』じゃなくて当たってないだけ。アタシを舐めてるわけ?」
「あら、今頃気付くなんて鈍いのね」


 完全に六香を見下している舞歌は、右手を振り下ろし、呪文を紡ぐ。


teaRテアー >> bReezeブリーズ#」


(来るッ……!)


 舞歌の手が描いたラインから、可視できない攻撃が飛んでくることは分かっていた。テキトウなタイミングで横転すると、鋭い風がすぐ傍を駆け抜けていった。
 避け切ったと思ったが、腕にかすかな痛みを感じた。見てみると、腕が浅く切り裂かれていた。掠ったところから察するに、どうやら風は攻撃範囲が広いらしい。

 鋭い痛みを訴える右手に握る銃を、左手を添えて構えて放つ。舞歌は銃弾を、ダンスを踊るように優雅にかわし、再び教会の屋根に下り立った。乱れた髪と服を直しながら、舞歌は笑う。


「どうしたの?当てられないのかしら?」
「そんなわけないでしょ。大体、そんなことしたらアンタ死ぬわよ」
「あら、わたしの心配をしていたの?それより、自分の心配をした方がいいんじゃないかしら」


 薄く血が滲む六香の腕を見下ろして、舞歌は六香にそう忠告した。対して六香は、両手を腰に当てて、呆れたように肩で溜息を吐いた。


「悪いけど、そのセリフ、そっくりそのまま返すわよ」
「その状態で、そんな強気なこと……」


 一瞬、負け惜しみだと思ったが、舞歌はその言葉の意味に気付いてしまった。その途端、舞歌の顔から嘲笑の色が消え、顔が青ざめ、隠しようのない焦りが浮かぶ。


「まさかっ……!!」
「そ。アンタの相手は、最初っからアタシだけじゃないんだから」


 ――あの結界の中の少年。何かしている!?

 舞歌が、『拒絶の守護』内にいる梨音を振り向いた瞬間。


「第6章、『悪魔の隻影』発動」


 梨音の小さな声で魔導名グレスメラが唱えられ、魔導唄グレスノーグで構築されていた魔力が解放される。しゃがんでいる梨音の小さな影が震えるように蠢き、梨音を象っていた影から、ツノと羽の生えた影へと変貌した。意志の宿った影は、教会の壁も駆け上がり、屋根の上の舞歌へと一直線に伸びる。


「な、なに……!?」


 見ただけでは何なのか分からなかったが、本能的に危険だと察して、屋根を蹴って空中に逃げようとする。しかし、影の到達速度は早く、舞歌の足が離れる前に彼女の足を絡めとった。


「きゃっ!」


 足をとられて尻餅をついた舞歌の体の上を、影は縛りつけるように這い上がり、それは彼女の首筋にまで至った。後ろからケケケケケと笑い声がし、舞歌の影に気味の悪い嘲笑を浮かべた目と口が現れる。


「なに、コレっ……いやあっ、離してよ!!」


 体を動かそうとするが、影に縛られて動けない。唯一、動く首で、頭の後ろを振り返ると薄笑いを浮かべた自分の影。未知の存在への恐怖に、舞歌は怯え切っていた。
 屋根の上で悲鳴を上げている舞歌を見上げて、梨音は『拒絶の守護』を解いた反動で肩で息をしながら呟く。


「……手荒なやり方で、すみません……」
「ちょっとイオン、大丈夫?」
「……ボクより……舞歌さんを、〈ダークルシフ〉から解放させないと……」


 『悪魔の隻影』という術は、魔術というよりも召喚術に近い。《ガリアテイル》である〈ダークルシフ〉という、影に宿る悪魔を自分の影に喚び、自分の意志通りに動かす術だ。通常の召喚術と違うのは、血で契約した間柄ではないということだ。よって、誰でも使役することができる。

 ただ、この〈ダークルシフ〉というのは、鬼畜なことで有名だ。『悪魔の隻影』を使っている間は大丈夫だが、彼らは血を浴びることを好む。別名で殺魔とも呼ばれるくらいだ。
 魔界に住まう〈ダークルシフ〉を知る人は少ない。だから彼らを初めて見た人々は、彼らの邪な嘲笑に恐怖を覚えるのだ。

 舞歌の体を縛りつけていた〈ダークルシフ〉が、するりと引いた。『彼』は、舞歌の背中以外から退き、舞歌に体の自由を返す。


「……コチラに、下りてきて、もらえますか」


 梨音がゆらっと立ち上がって、屋根の上で上半身を起こした舞歌を見上げて言った。
 〈ダークルシフ〉を制御しているのが梨音だということは分かっていた。ココで従わなければ、自分の背中に爪を隠した魔界の存在を使うつもりだというのも、すぐに分かった。

 ひどく屈辱的だったが、舞歌は言われた通り、ドレスの裾を掴んで屋根から飛び下り、着地する時に風を使ってふわりと下り立った。
 緊張した瞳でコチラを見つめてくる舞歌に、その正面に立っていた梨音は、そっと目を伏せて言った。


「……ボクは、貴方を殺すつもりはありません」


 梨音のその言葉に、舞歌はおかしそうに引き攣った笑みを浮かべ、


「フ、フフ……何言っているの?わたしは、アナタ達を殺すつもりなのよ。やろうと思えば、今だって……!」


 そう言って右手を上げかけた彼女の動作が、ピタリと止まった。冷や汗を滲ませた舞歌の白い首筋を、背中から伸びた〈ダークルシフ〉の爪が、あの嘲笑を浮かべて掴んでいた。


「……無理ですよ。……貴方より、ボクの方が断然早いですから」
「……っ」


 一度出した〈ダークルシフ〉の爪を引っ込ませながら、梨音は舞歌に言った。舞歌は、悔しそうに右手を下ろす。


「……何なの、この力……まさか、魔術とでもいうの?」
「魔術の他に何があるってゆーのよ。見れば分かるでしょ」


 今更、そう聞いてきた舞歌に、六香が呆れながら冷たく返した。


「オマケに、梨音は超一流の魔術師だから、アンタを殺すことくらい朝飯前なのよ」


 多分そうだと、六香は思う。梨音の本気なんて見たことがないが、彼が凄腕の魔術師であることは確かだ。普段は手加減しかしていないが、本気を出せば恐らくこの程度ではないだろう。
 軽い脅し文句のつもりだったが、効果は絶大だった。舞歌は途端に怯えの色を見せる。


(有り得ない……)


 魔術なんて、すでに絶えたはずではないのか?


(敵うわけないっ……!!)


 まっすぐコチラを見つめてくる、無感情なダークブラウンの双眸。
 今は、この少年が、とても恐ろしかった。

 予想外の強い反応に、六香は少し困ったように頬を掻いて、


「……うーん、ちょっと脅しかけすぎた?」
「……貴方の言葉だけではないと思いますよ」
「ま、いっか。ねぇ、舞歌っていったっけ?アンタ、アタシ達を……」


 その時だった。
 六香の背後の遠方から、物凄い轟音が響き渡った。――爆発音だ。それから、何かが崩壊する音。三人が驚いて振り向くと、メインストリートの南の方面から、黒い煙が舞い上がっているのが見えた。


「えっ、火事……?」
「まさか……まずいっ……!」


 黒い煙から、それを察した梨音が、さっきとは打って変わって焦りの表情を見せた。


「え、何がマズイのよ?」
「舞歌さんは、ボクと六香さんを狙ってきました。ということは、夕鷹も狙われる可能性があります。恐らく、今のは炎のクランネによる攻撃……夕鷹の傍には、椅遊さんがいます!」
「そ、ソレってやばいわよ!夕鷹、ハンデつきじゃないっ!」
「とにかく、加勢に……」


 その言葉を遮ったのは、低い声音だった。


「行かせない……」
「えっ?」


 二人が、舞歌を振り返った直後。凄まじい強風が二人を押し倒さんばかりに荒れ狂った。思わず顔を覆う二人に、舞歌の叫び声が響き渡る。


「行かせないわ!! お兄様の邪魔なんてさせない!お兄様のためなら、命なんて惜しくないわっ!!」


 舞歌が、右手をかざす。

 呪文を唱えるつもりだということはすぐに悟った。しかし、黒煙の方に、気がとられていて反応が遅れた。梨音がとっさに『拒絶の守護』を張ろうとするが、間に合わない。


SlaughTeRスラフター >> ――!!」


 舞歌が呪文を唱えようとした瞬間。

 ヒュッ!と鋭く風を切り、何かが舞歌目掛けて飛んできた。それは、舞歌のかざした右手を浅く切り裂いて走り、ザクッと舞歌の足のすぐ横に突き刺さる。
 銀色の光を放つそれは、何処にでもあるような1本のナイフだった。思わず舞歌が呪文を止め、つくられた切り傷を押さえた時、今度は威嚇らしい銃弾が舞歌のすぐ横に発砲された。


「えっ……」


 今のは、六香がやったのではない。六香が驚いて、瞬間的に見えた銃弾が飛んできた方向を仰いだ。

 さっきまで舞歌が立っていた屋根の上に、右手にナイフ、左手に短銃を持った少女が立っていた。亜麻色の跳ねたショートカットの、勝気な青瞳の少女。動きやすそうなショートパンツにカジュアルブーツ姿の彼女は、コチラを睨み据えてくる舞歌を嘲笑ったような目で見下ろす。


「あたしに気付けないようじゃあ、コイツらは絶対倒せないよ。さって梨音、クイズです。あたしは、いつからいたでしょう?」
「……ボクが、『拒絶の守護』を展開した辺りです」
「っ……?!」
「あったり〜、さっすが梨音。あんたは、そん時からずっと、あたしが自分から出るまであたしの存在に気付かなかったってわけ」


 信じられないというふうに息を呑む舞歌に、少女はそう真実を告げた。少女はナイフを持ったまま腰に当てていた手を上げ、楽しそうな笑みを浮かべて言った。


「あたしは、国家機関警護組織リグガースト機動班・追行庇護バルジアー、フェルベス幹部補佐・秦堂海凪シンドウ ミナギ猟犬ザイルハイド ・ 逆上舞歌。追行庇護バルジアーの名において、あんたを捕縛するよ」
追行庇護バルジアーッ………!!」


 その組織名を出され、舞歌は動揺して駆け出しそうになった。その瞬間、背中に隠れていた〈ダークルシフ〉が突然浸食し始め、その体勢のまま舞歌を縛り上げる。


「おっ、さすが。気が利くねぇ、梨音」
「……お久しぶりです、海凪さん」


 屋根の上から飛び降りてきた海凪に、梨音はペコリと頭を下げて言った。海凪は「ん、久しぶり」と答え、六香を見て、


「よ、六香。あんたも久しぶり。元気だった?」


 しばらく会っていなかった親しい友に声をかけると、六香はがばっと海凪の肩を掴んだ。


「海凪っ、アンタ、ココにいたの?! だったら、最初っからアンタが出てくればよかったじゃない!」
「あー、確かにそうだったとは思うけどさ。あたしも暇じゃないんだよ。あんたらが足止めしてくれて初めて、あたしはコイツの存在に気付いたんだから」


 「あんたらのオカゲってことだよ」という海凪に、六香はなんだか丸められた気がしないでもないまま頷いた。

 六香と海凪は、幼馴染だ。彼女も、元はバルディア帝国の密偵として送り込まれた一人だ。今は縁があって、追行庇護バルジアーに身を置いているようだ。
 追行庇護バルジアーといえば、猟犬ザイルハイドを追い続ける組織だ。オマケに、海凪は鈴桜の部下だ。だから嫌でも顔を合わせていて、夕鷹や梨音もすでに彼女とも腐れ縁となっていた。


「……貴方がココにいる、ということは」
「そ。夕鷹達の方には、鈴桜さんが行ってるから大丈夫。……さってと、逆上舞歌は身動きがとれないし、こっからはあたし方の管轄だね」


 海凪は、〈ダークルシフ〉に縛り上げられている舞歌の正面にずいっと歩み出て、問いかけた。


「んじゃあ、聞かせてもらおうか。何で二人を狙った?やっぱ、新総帥の命令か?」
「え?新、って……」
「後で話す。どうなのさ?」


 初めてそれを聞き驚く六香にそう言い、海凪は舞歌に返答を求めた。舞歌は、固定された格好のまま、


「何も、知らないクセにっ……!!」


 恨めしそうに海凪を睨みつけ、掠れた声で叫んだ。


「お兄様が、どんなに辛い仕打ちに遭ってきたと思っているのっ!? アナタ達なんかに、分かる、はず……ないわ……っ」


 語尾がだんだん弱々しくなり、舞歌の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。

 ――クランネ。
 たったそれだけの共通点。それなのに、重なって見えてしまう。


(……不愉快だ)


 まるで、あの人が泣いているみたいで。
 記憶を掻き乱されているような妙な感覚。額に手を当ててから、


「……第6章、解除リリース


 舞歌に戦う意志はないと判断した梨音は、『悪魔の隻影』を解除した。舞歌を縛っていた〈ダークルシフ〉がするすると引いていき、ツノや羽の影がスゥっと消え、長さも形も梨音の影に戻る。
 梨音は、やりにくそうに頭を掻いていた海凪の隣までトコトコ歩いてきた。


「……舞歌さん、話してもらえませんか?貴方達、兄妹の事情を……」
「ちょっと梨音、あたしの……」
「すみません」


 あたしの仕事をとるつもりかい?と、海凪が言おうとしたのを遮って、梨音はそう言った。思わず言葉を止め、海凪が梨音を怪訝そうに見ると、梨音は泣いている舞歌を凝視したまま。


「……すみません、海凪さん。……舞歌さんは、ボクが見張ってますから、二人にしてもらえませんか。後で、ちゃんと説明します」
「え……」
「ちょ、イオン?」


 突然の梨音の言葉に、六香も驚いた。梨音は六香を振り返り、


「……六香さんも、すみません。でも、お願いします」


 小さく頭を下げ、連れの六香にも頼み込んだ。
 よく考えてみれば、梨音が頑固として譲らないのも初めて見た。今日は新しい発見が多いと思いつつ、六香は「……うん、わかった」と頷いた。六香が頷いたのを見て、海凪も仕方なさそうに頷く。


「まぁ、梨音だったら大丈夫だろうし……分かったよ。六香、夕鷹と鈴桜さんの方に行こう。加勢しにさ」
「あっ、うん……じゃあ梨音、夕方までに中央広場ね」


 梨音が了解の合図に頷いたのを確認し、六香は海凪の後をついて、梨音を振り返りながらそこから歩き去った。随分梨音を気にしている六香に、海凪が首を傾げる。


「どうかした?梨音なら、あの女に負けないよ」
「そーじゃなくて……今日、イオンが様子がおかしいから……ちょっと心配かな、って」
「様子がおかしい?」
「おかしいってゆーか……ミスったり、頑固になったり、何てゆーか……いつものイオンらしくない、ってゆーか……イオンのこと知らないアタシが、言えることじゃないけど……」


 未だに梨音が何を考えているのかは、六香には分からない。何か思い悩んでいることがあるのなら、助けてあげたい。しかし、梨音は何も語らない。
 彼は、自分のことについては一切語らない。絶えた魔術が使えるわけも、閉鎖国セルシラグから出国しているわけも、なぜ夕鷹と一緒にいるかも。
 夕鷹も夕鷹で、梨音については喋らない。夕鷹と梨音の間にある不可視の糸が何なのか分からなくて、妙な孤独感を感じてしまう。

 寂しい。



(アタシは……ちゃんと、必要とされてるのかな?)





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