第11話  縦に広い世界

 この世界は縦に広い。
 地に足をついて暮らす以上、どうしても上空にデッドスペースが発生する。
 そこを上手く活用しようと最初に考えたのは、『誰』だったのか。



 そもそも飛族の定義とはなんだろう。
 空を飛べること?
 竜や鳥の羽が生えていること?
 それで考えれば、大きな白鳥の羽を持つゼドや小さな依頼主のラクスは飛族の分類になるだろう。
 しかし、上手く表現できない根源的なところで何かが『欠けている』ような気がするのだ。
 生きていると言いがたい、致命的な欠如。

 今まさに空を飛翔しながら、ゼルスは頭をかきむしった。
「あー、スッキリしねぇ……」
「ン?じゃあゼルスも辛いお菓子食べる?クワッ!!って目が覚めるよ〜☆」
「怖ぇよ……」
 隣のキルアが確かに辛そうな赤いスナックらしきものを差し出してきたが、取らなかった。辛いものはあんまり好きじゃない。パッケージに書いてある激辛という文字が怖いし。そんなお菓子を平気な顔でパクパク食べているキルアが怖いし。
「ゼドとラクスだ。鳥族の事情は知らねぇけど、ラクスは明らかにおかしい。竜族は普通、引きこもりなんだよ。見たことねー顔だし」
「そなのー?うーん、ゼドね、確かに見たことないなーって思ったよ〜?鳥族は集落だったし、知らない人はいないと思うんだけどな〜。もしかして、ボクらが知らないトコでも生きてたのかな?」
 ポリポリ食べながら、むーんと悩んだ表情で思考するキルア。かと思えば、数秒後に「ま、いっか☆」と早くもリタイアした。コイツはもっと忍耐力をつけるべきだ。

 ふと足元に視線を下ろすと、大きな谷が見えた。ザクスの真上である。
 ようやく、ザクスの対岸が見えてきたところだった。つまり、ルプエナの領土がすぐ目の前だ。
 谷底から吹き上げてくる風。それに煽られながら、真っ暗な谷底に呑まれるように見えた人影があった。
 自分たちと同じように、ザクスの上を飛ぶ人影だった。





  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 馬鹿正直で愚直なのは、『天上に一人いれば十分だ』。

 真っ向勝負など、押し負けるに決まってるからするつもりはなかった。
 上手いこと撹乱し、追手は振り切った。が、こちらはあのペンダントが発信機と化しているから早いところ処理しなければまずい。
 そんなことを考えながら、シドゥはザクスの上にいた。
(まずはアイツを迎えに行くか……どういう風の吹き回しだか)
 口元に笑みを浮かべ、先に進む。羽を広げて、空を飛ぶ。
 その背に開くのは、鳥でも竜でもない羽だった。墨を落としたかのような漆黒の光の羽は、黒い細やかな光を散らしながらはためく。



 ふわりと対岸に着地すると同時に、漆黒の羽は幻だったかのように霧散した。
 ——直後に気が付いた、背後の気配。シドゥは肩を竦め、自嘲気味に嘆息した。
「気付かなかったなんて、アタシも大分弱ってるんだねぇ……」
 振り返ると、下り立った黒髪の少女が真っ先に駆け寄って……こようとしたその襟首を、一緒にいた茶髪の少年が引っ掴んだ。
「むうううーー!!! 進めなーい!ゼルス〜!?! 何すんのぉー!!」
「得体の知れない相手に無用心に近づく奴があるか!」
「へ?? 『えたいのしれ』ってなに?それがないと、どーなるの??」
 さっきの勢いは何処へやら、キョトンと首を傾げる馬鹿は放っておいて、竜族の少年はシドゥを見た。その青い瞳に、今までにない警戒の色を滲ませて。
 ゼルスが口を開く前に、シドゥが「あ〜あぁ」とわざとらしく嘆息した。頭の後ろで手を組んで、にやにや笑いながら言う。
「見られちまったのはしょうがないねぇ。ほれ、頭のいいゼルス君。アンタはアタシをどう考える?」
「……その呼び方やめろ、気持ち悪ぃな」
 ぞぞっと腕に走った寒気を摩って黙らせ、ゼルスは低く返答した。



 さて、飛族の定義とはなんだろう。
 空を飛べること?
 竜や鳥の羽が生えていること?
 ——では、さっきの羽は?

 思考を巡らせるゼルスの目の前で、シドゥの背中に黒い粒子が渦巻いた。自分達が今まで「黒」として認識していたどんな色よりも、深く、重い、黒。明るい太陽の下、その粒子達はとても不釣合いだった。
 その光の粒が、根元から黒い羽を構成していく。大きさは自分達と同じくらいの漆黒の羽。
「ひとつ、ヒントをあげようか。アタシは『シドゥ』じゃない。本名はリラ」
「……ボクわかんない……」
「………………」
 困った顔をするキルア。ゼルスも心当たりがなかった。答えずにいると、シドゥは残念そうな顔で、嘆かわしいとばかりに片手で顔を覆った。
「あぁ……そっか。本当にそうなんだね。時の流れを感じるよ。人はホントにすぐ忘れちまうね」
「……何の話だよ?」
「千年前の話さ。アンタ達が忘れた、ずっとずっと昔の話だ。宣伝を兼ねて教えてあげようか」
 漆黒の羽を持つ少女は、演劇者のように片手を広げて、大仰な素振りで告げた。

「アタシは魔王ドゥルーグサマの従士の一人、旋花リラ。かなーり簡単に言うと、アンタらが思うような普通の存在じゃないってコトだね」

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 ——いつもなら、真っ先に相手の頭の方を疑っていた。
 しかし、彼女の背にある羽がすべて物語る。——『コイツは、人じゃない』と。

 行動が停止していたゼルスと返答を待っていたシドゥの間に、妙な一言が入った。
「魔王ドゥルーグサマジューシーな人?えっ!? 魔王サマってジューシーなの?!」
「………………」
「………………」
「……潤いタップリに若いって意味でいいのかい?」
「いやスルーだスルー」
 神話伝承に登場する魔王ドゥルーグ。そんなモノが実在すると受けとめている辺り、話を理解できているかと思えば、言っていることはサッパリ意味がわからない。
 そのキルアのおかしな一言で、ゼルスはようやくそのことを認めた。割とあっさり受け入れた様子のゼルスに、シドゥは少し驚いた顔をした。
「へぇえ〜、びっくりしないんだねぇ。つまんないの」
「いや、十分驚いてる」
「アンタ変だよ?魔王なんて存在を、すんなりいるって受けとめてさぁ」
「ひとまず仮定でだ」
 無神論者のゼルスは、神も魔王も存在を信じていない。急にそんなこと言われても、そのスタンスは変わらない。だからあまり驚いていないのもあるのかもしれない。
 だが、ひとまずいると仮定した上で考える。シドゥは魔王の従士で、本名はリラ。ならば魔王も存在するのだろう。
 いや、それよりも……、

「……従士なんて、初めて聞いたぞ。何だ?」
「ジューシー?んとね、おいしそうってことだよ♪」
「違ぇボケ!水分が多いことだっつの!つーかお前じゃねぇ!」
 シドゥは問いには答えなかった。ただ、失望したような口調で紡ぐ。
「だから言っただろ、人はホントにすぐ忘れちまうって。今、アタシらのコトを知ってる人間いるのかね?」
「………………」
「ほんと、現界の者って薄情だよな。その調子じゃ、知ってるのは神話伝承の中だけで、アスフィロスサマのコトも忘れてるんだろ?ドゥルーグサマが嫌う理由もよくわかるわ」

 嘲笑気味に言うシドゥは、こちらを見ているが、『自分達は見ていない』。
 彼女が見ているのは、ゼルスとキルアという人ではない。彼女が言うところの、「現界の者」として自分達を見ている。
 同胞が犯した罪を責める瞳。

 ——同じだ。
 竜族を嫌う鳥族。現界の者を嫌う魔王とその眷属。
 その時、彼らが見ているのは「種族」という大きな括り。



「ドゥルーグサマだって、ずっと信じてたよ。けど、現界の者達が最終的にあの人に叩きつけた答えは、コレだ」
 シドゥが薄茶のコートのポケットから引っ張り出したのは、見覚えのあるものだった。以前、レナの胸元で見かけた赤い石のペンダント。
「お二人がまだこの現界にいた頃、魔法は全盛期だったねぇ。現界の者どもは、魔法でドゥルーグサマをコレに封印しようとしたのさ。ま、所詮は現界の者の魔法だから、完全とは行かなかったんだけどね」
「……なにそれ……ボク、全然知らない……!」
「だろうねぇ。歴史や史実ってのは、人が都合よく作り変えるもんさ」
 ペンダントをしまい直しながら、愕然としている二人にシドゥは悠然と背を向ける。すっと差し出したその手に、羽と同じように朱色の棍棒が黒い粒子によって出現した。
「まぁそういうコトだから、コイツは元々ドゥルーグサマのモノなんだよ。コレを取り返しに来たんだろうけど、返す義理はないね」
「……お、おい、待てよ!」
「ええと、ドゥルーグサマのモノかもしれないけどっ、れーちゃんのペンダント返せーッ!!」
 笑いながら歩いていくシドゥの遠ざかる背中をぼんやり見つめて数秒後、二人ははっとして追う体勢に入る。

 ——このペンダントには、ドゥルーグの力の大部分が封印されている。よって今、魔王は弱っており、その眷属である自分達も比例して弱っている。これが本人の手に届くまでは、自分はひ弱な現界の者同然だ。
「悪いけど、アタシはコイツを届けるまで捕まるわけにはいかないんでね」
 シドゥは振り返らないまま小さく笑み、ふと空を仰いだ。
「ノア。ドゥルーグサマに力が戻らないと、アンタも困るんだからさ。逃げる援護、頼んだよ?」
「むううっ、待てぇーっ!!」
 晴れた虚空に話しかけるなり、少女は地を蹴り上げて黒い羽で空を飛んでいく。その寸前になびいた長い髪の房をキルアが掴もうとしたが、するりと髪は手の内をすり抜ける。

≪仕方ないな≫

「「……?!」」
 その瞬間。螺旋を描くように、果てしなく木霊するように。天空からはっきりと響いてきたのは、青年の声だ。
 何者?何処から?状況が読めずに警戒する二人をよそに、声の主は悠長に紡ぐ。
≪筆記なんてもう何百年ぶりだろうね。名唱も必要かな……『氷結の刹那、イレイズ』≫
 涼やかな高音とともに、二人の目の前が突如陰った。ゼルスはとっさに後ろへ跳躍し、キルアは腕をブンブン振り回して、なんとかそれにぶつかる寸前で止まる。
 飛翔するシドゥは、後ろを一瞥してヒュウっと口笛を吹いた。
「さっすがノア、ナイスフォロー☆」
≪筆記と名唱でようやくこれだよ。俺だってお前と一緒で、そんなに大きい力は使えないんだから≫
「ダイジョーブだって、足止めくらい楽勝だろ?」
≪お前にはいいように使われてる気がするよ、リラ≫
「ははっ、駆け引き上手って言ってほしいね」
 あちらは二人。こちらも二人。不公平なことなど何もないだろう。これで文句を垂れる方がおかしい。
 内心で笑いながら、シドゥはゆったりと地平線の彼方へ飛んでいった。



 一方、ゼルスとキルアは、目の前のものを見上げていた。
 二人の前に立ちふさがったのは、氷だ。触れてみると、やはり冷たい。
 まるで剣山のような、二人と比べるとあまりにも巨大な氷の針。それが何本か並んで、二人の前にそびえ立っていた。
(……マジかよ)
 その大きな針を見上げ、ゼルスは久しぶりに戦慄を覚えた。これはもう、笑うしかない。口元が引き攣った笑みを象った。
 これは氷結魔法という、水と風の魔法だ。見たことがある。しかし……ここまで巨大な氷の針は、見たことがない。

「あッ、ゼルス!シドゥ逃げちゃうよ!」
 はっとシドゥのことを思い出して、彼女を追おうと、氷の針を飛び越えようとしたキルアの鼻先。ヒュンッ!と聞いたことのある音が風とともに掠めて、キルアはピタッと動作を止めた。
 その格好のまま、呆然と、下の方……ゼルスを見下ろした。弓をこちらに向けたままのゼルスは、キルアが止まったのを見て腕を下ろす。
「追わねー方がいい。つーか追うな。お前のとばっちり食らうのはゴメンだぞ」
「へ?? お前のと、バッチリ☆食らうのはゴメン?何を?」
「……あのなぁー」
 バッチリ☆食らうって……何を。と内心で弱く突っ込んで、ゼルスは氷の針の陰から顔を出し、シドゥの小さくなっていく背中を見た。この距離でも、追おうと思えば、二人はすぐにシドゥに追いつけるだろう。速度自体はそれほど速くない。
「ねぇねぇ、何で追いかけないのっ?追いつけるじゃん!それにっ、シドゥにもう会えないかもよ〜?」
「んー……まぁな」
「じゃあじゃあーっ!」
「確かに、シドゥだけなら大したことねぇ。並の人間より上って程度で、俺らほど速くない。……けど、援護してる奴がやばい。お前と同じく筆記と名唱して、このデカ針だぞ」
 コツコツと大きな氷の針を手の甲で軽く叩いて、ゼルスは降りてきたキルアに言った。
 もしかしたらシドゥは、ここまで計算していたのかもしれない。援護の強さを見せつけて、それに危険を感じて追いかけてくる気をなくす。氷の針と援護の強さ、二重の足止め。……いや、単なる考えすぎかもしれないが。



 魔王は、力の大部分をあのペンダントに奪われているらしい。
 従士のシドゥは、主のためにペンダントを探していた。
 レナは、敷地の中でペンダントを見つけた。
 セルリアと一緒に。
 ——なら、セルリアは?

  『……あれは元々、僕の主人のものだ』
  『主人……って、ノスティノのじーさんじゃなく?つまり、お前は二人の主人がいたわけか』

「…………そーゆーことかよ……」
 ゼルスは奥歯を噛んで、低い声でうなった。
 要は、彼も自分たちと同じだったのだ。ある人物から頼まれ、何食わぬ顔して別の人物の懐にもぐりこむ。

 すべて繋がった。自分たちが追っているペンダントも、セルリアも、すべて同じところへ終着する。
 魔王ドゥルーグ。見果てぬ闇の支配者。
 笑えるほどスケールがデカイくせに、なんだか幻影のようにはっきりしない。

 ——どうやら、何か不満があるのならそいつに直談判しないとダメらしい。





  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 駆ける。駆ける。
 障害物のない平坦な地面では、明らかに今の自分の方が不利だ。だからあえて道を選ばす、木々の生い茂る中を駆ける。
 相手は『飛族』だ。枝ばかりある森の中では、思うように飛べない。

「待てぇええコラーッ!!! はーなーしーきーけーーーっての〜!!!」
「………………」
 背後から響く、あまりにも幼稚な言葉に、走りながら器用に呆れた息を吐く。待てと言われて待つ馬鹿はいない。なんて単純な。まぁ……相手は一応子供だから、幼稚なのも当然か。
 頭の片隅で淡くそう思いながら、セルリアは大地を走っていた。
「ったくー!しょーがねーッ!! 最終手段っ!どぉりゃぁあーーっ!!!」
 そんな気合の入った少年の声がしたと思ったら。視界の隅を何かが飛び過ぎて、ドォン!!と手前の太い木の根元にぶつかった。
 飛んできたのは……見たこともないくらい、大きすぎる大剣。
 信じられない威力だった。それだけで巨木の根元に大きなクレーターが穿たれ、自分を支えきれなくなったその木は、近くの木を何本も巻き込みながら自分の前方に倒れ込む。
「っ……!」
 重なり合った木々達と舞い上がる土埃を前に、セルリアがほんの一瞬、足を渋らせると。
「ちぇえっくめいとーーッ!!!」
 王手チェックメイト。楽しそうな声とともに、真後ろから迫る風!
 が。
 セルリアは、冷静にその場にしゃがみ込んだ。寸前でかわされた風——回転して飛んできた大剣は、彼の前の倒れた木に、どごぉん!!と大きな穴を穿つ。
「えぇええーーッ!!? か、かわされたっ?オレの、必殺☆竜巻大剣ブーメランアターック!が!?」
「………………」
 ……いろいろ突っ込みたいところはたくさんあったが、とりあえず、そのセンスのないネーミングをどうにかしろと思っておいた。

 蒼い青年は、観念したようにゆっくり立ち上がった。もう逃げる必要はない。というより、逃げられなくなった。
 馬鹿をやっているように見えるが、相手は『今の』自分より強い。一度、立ち止まった敵を逃がすはずがない。今のは手加減された一撃だったのだ。……と、思う。
「まぁいーや、よーやく止まったし。うーん、でも追いかけるのだけでこんな時間かかるって、やっぱ相手が悪いかなぁ……?」
 目の前で、木に突き刺さっていた大剣が透け、ふわりと消えていく。
 セルリアは、手に持っていた鞘に入る剣を一瞥してから、興味なさげに横に放り捨てた。剣が指先から離れた直後に、黒い粒子がその手に収束し、別の黒塗りの剣を構成する。
 彼が背後を振り返ると、そこに立っていたのは、少しツンツンした赤い髪と無邪気に輝く水色の瞳を持つ、10歳前後の竜族の少年——ラクスだった。
 彼は、自身の背丈くらいはあるかもしれない、あまりにもデカすぎる大剣を軽々と肩に担いで立っていた。
「……何の用だ?」
 大体、見当は付いているが。黒剣を右手の先にぶら下げたまま、セルリアがそう聞くと、ラクスはむっとした顔で言い返してきた。
「戦うつもりないから、そんなコワイ顔すんなよ〜!」
「……戦う戦わないの問題以前に、敵同士なら仕方ないだろう」
「そーぉ?あ、そっか!そっちはオレらと違って弱ってるから、警戒しなきゃやっていけないかぁ〜」
「………………」
 ……なんていうか、このガキンチョは、他人の神経を逆撫でするのが大得意だ。しかも本人は無自覚と来た。一番タチが悪い。こんなガキンチョの言うことに、いちいちイラついたりはしないが。コイツ、絶対、敵多いなと思った。
「ちょっと聞きたいコトあるんだー」
「断る」
 その先は容易に想像できた。セルリアが即座に一言で一蹴すると、ラクスはぷーっと頬を膨らませた。
「つまんねーやっ。わかってんの?」
「それ以外に何がある?」
「ふーん。でも、いちおー聞くよ」
 担いでいた大剣をズドンッと地面に下ろしてから。そのデカすぎる大剣を片手で構え、ラクスは地を蹴った。

「おまえのご主人サマの居場所、教えてくんなーいッ!!?」

 その姿が掻き消え、一瞬で目の前に現れた。防御に掲げた黒剣が、巨人の刀の如き巨大な刃を噛む。が、その猛力に圧倒されて、決して小柄ではないセルリアの体が面白いくらい後ろへ吹っ飛んだ。その彼をラクスは追撃する。
「全っ然、オレの《心界》でも探せないんだよねっ!! おまえが全部、痕跡消してるんだろぉ?! どうりでおまえ、オレの監視網に引っかからないなって思った!!」
「っ……!!」
 セルリアの背に黒い羽が生え、空中で体勢を立て直す。木の幹に着地し、さらに上方に跳躍してラクスの斬撃をかわした。真一文字に走った荒々しい銀閃は、樹齢数百年だろう太い木を一撃で切断する。ズズズ……と切り口がズレていき、大木の上が土を派手に舞い上げて落下した。

「いやー、とんでもないねぇ!!」
「ん!?」
 空中にいるラクスが、セルリアを目で追って空を見上げたら、後ろから声がして何かが振り下ろされてくる気配がした。ばっと振り返りざまに大剣で受け止める。交点の向こうに見えたのは、セルリアと同じく黒い羽を持つ暗赤色の髪の少女だった。
 少女——シドゥは、あっさりラクスから離れると、声を張り上げた。
「ほいよ、ノア!!」
≪人遣いが荒いなぁ……『天からの断罪、ギア』≫
 苦笑気味の青年の声が何処からか聞こえてきて、天が一瞬黒く渦を巻く。直後、雷が閃き、気が付いたら目の前が真っ白になっていて、ただ全身を痛みが苛んでいた。
「うぐぐぅ……」
 どさっと地面に落ちたラクスは、チカチカする視界を瞬きして落ち着かせようとする。うつ伏せのまま上を見るが、すでに二人の姿はなかった。



「…………あ〜あぁ……ちくしょー。逃げられた……」
 むくりと起き上がってあぐらをかき、ラクスは肩で溜息を吐いた。三人相手なんてズルイ。背中の竜の翼も比例して力なく垂れる。
 ノアの落雷魔法をモロに受けたが、大した痛みでもなかった。ノアの魔法がこんな弱いわけがない。——やはり『向こう』は、弱体化している。
「三人がかりでフルボッコなんてひでーや!どう思う!?」
「そうでなければ逃げられもしないようだな」
「ええ、弱ってる向こうにとっては三人がかりが当然でしょうね」
「えぇええーー!!? オレかわいそー!とかないの!?」
 ラクスの大きな独り言に答えたのは、彼の後ろから現れた二つの影だった。それぞれ青年、少女の声で返されて、ラクスはばっと彼らを振り返った。
 焦茶の瞳を呆れされた少女が、肩口の琥珀色の髪を払って答えた。
「大げさなんだから。大したケガなんてしてないでしょう?我慢しなさい」
「だって痛いモンは痛いじゃんっ!ほら、オレ子供子供!」
「仮に15歳以下を子供とする場合、お前はそれには当てはまらない」
「……ぶー」
 平坦な青年の声が堅苦しい事実を突きつける。長身の銀髪の青年を見上げ、ラクスは膨れっ面をした。
「とにかくー!アッチがだいぶ弱ってるってことはー、おやびんを探すのも大変だよ!」
「そうね……手の打ちようがないわ」
「……いや」
 大きな鳥族の羽を持つ青年が、静かに否定する。少女とラクスが怪訝そうに見ると、彼の翡翠の瞳はただ前を見据えていた。
 シドゥの手の内には、あのペンダントがある。彼女がそれを回収しに来た理由は、ただ一つだろう。

「探せるのはこれからだ」

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  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「いやいや、こりゃたまげたね?」
 現場から距離を置いた街の傍。すたんっと地面に着地し、黒い羽を消したシドゥはニヤニヤしながら、隣に下り立ったセルリアを見る。街のすぐ傍だから目につかぬようにと、彼も羽を消した。
「アンタ、協力する気なかったんじゃなかったっけ?どういう風の吹き回しかねぇ?」
「……アイツに見つかって追われていただけだ」
「ふふん、でも聞いたよ?ドゥルーグサマの痕跡、消してたんだって?地味に仕事してたんだねぇ、回雪ルシスさん?」
「………………」
 従士名で改めて呼ばれ、何とも言いがたい責任感、束縛感を覚える。今まで忘れていた重力が、再び自分の足を地面につける。
 主に一番忠実なシドゥは、嘆かわしいと言わんばかりに言う。
「さすが、マジメなルシスさんはお役目完璧放棄なノアと違うねぇ。にしても、アタシらってまとわり悪いよな。アンタら二人、やる気なしだし」
≪俺は自分の好きなようにしてるだけだよ≫
「だから自分勝手だって言ってるのさ。まぁ、今更まとまっても気持ち悪いんだけど?つーかノア、お前話しかけられるまで喋らないねぇ」
≪今は弱ってるから、あんまり一気に聞けないんだよ。話しかけられてからじゃないと連結リンクできない≫
 ノアは元々何かしらあれば話しかけてくるお喋りなのだが、弱っているせいで、まず情報収集と処理と連結が追いついていないらしい。

 シドゥは「えー、コホン」とわざとらしく咳払いをして、目の前のセルリアと、この場所にはいないノアに向けて言い放った。
「改めて言っておこうか?アタシらは、魔王ドゥルーグサマの従士だ。あの人とアタシらは一蓮托生。あの人が消えればアタシらも消える。ノアはそれで参加してるってコトでいいね?」
≪……俺だって消えたくないしね。本当は関わりたくないけど≫
「アンタはそれくらいでいいよ。……で、ルシス。アンタはどうすんの?」
 元々、ペンダントを回収する役はセルリアだった。しかし彼は、気の迷いでそれを放棄した。だから次いでシドゥが送り込まれてきたわけだ。
 同胞に問われ、セルリアも、今一度、自分自身に問うていた。

 主人が嫌い、憎いなどとは思っていない。むしろ肯定的な感情を持っているのは確かだ。
 自分の存在理由。自分が剣を捧げた相手。最終的に自分が行き着く場所。
 主人なしなど考えられない。主人なしに、自分は存在し得ない。
 ——でも。空洞だった自分に、別の生きる意味を教えてくれた少女の残像が消えないのだ。
 彼女は、逃げた自分をどう思っているだろう?



「ドゥルーグサマのトコに戻るか、それとも何もしないか。それとも……あの子のトコに戻る?ルシスさん?」
 くつくつ笑うシドゥの声は、何処となくくだらなさそうだった。
 選択の余地などないと、シドゥにもノアにもわかっていたのだ。もちろん、セルリア本人にも。
 悩む理由は何処にある?

 なぜなら自分たちは、この現界では異端——人あらざる存在なのだから。



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