第07話  太陽と影

 R.A.Tに所属して2年経つ。
 種族ゆえに子供の時から戦うということは普通だったから、腕が立てばやっていけるR.A.Tは自分に合っていた。
 『そのせいか』、実は依頼失敗もしたことがなければ、突発的な事故に遭ったこともない。あらゆる意味で平坦で事務的だった。

 ペンダントを奪われてからレナは塞ぎ込んでしまった。ゼルスとキルアが話しかけても、ずっと泣いてばかりだ。言わずもがな、よほどのショックだったようだ。
 だからどうしたものか、帰ってきたオスティノに一連の事情を説明し、相談した。
 すべてを聞いたオスティノは、二人に向かって頭を下げた。

  『私からもお願い致します。ぜひ、セルリアを探し出していただけないでしょうか。……それから、わたくしの今の依頼を引き継いでペンダントも取り返していただけないでしょうか。報酬は上乗せします』

 まさか大貴族に頭を下げられるとは思ってもおらず、さすがのゼルスも驚いた。貴族なんて皆傲慢なものだと思っていた。



 レナのあのペンダントは、一体何だったのだろう?
 見ず知らずのシドゥが、わざわざ外部から奪いに来るほどの価値があるものなのか。
 セルリアは、なぜレナの前から消えたのだろう?
 話を聞く限り、二人の仲は親密だったようだ。それなのに、何も言わずに消えなければならないことがあったのか。

 ……自分は関心が薄いので、人に干渉されたくないし他人にも干渉したくない。
 だからいつもならここらで切るところなのだが、キルアが勝手に承諾してしまったので現在に至る。そして今回は、自分もその気だった。
(……俺は恵まれてる方だよな)
 レナは自分と似ているが、彼女と違って、自分は義理の家族に一度だって裏切られたことはない。そこが大きな違いだったのではないか。
 とにかく、そのセルリアには話がある。面貸せと言いたいくらいに。
 その理由が到底許されるものじゃなかったらぶん殴ってやろうと、ゼルスは邪魔な前髪を横に払って思った。
「もうルプエナにはいないのかなぁ〜?」
「少なくともセルリアはそーだろうな。世界の情報を一手に握ってるオスティノのじーさんが情報を手に入れられないくらいなんだ、国外って考えた方が妥当だ。どーしても国外の情報はこぼれがちだからな」
「シドゥは〜?」
「ばったり会ったら万々歳だ」
 空を飛翔しながら、眼下に広がる平原を見てキルアが言う。正直、シドゥの行く先に見当さえつかないゼルスは溜息を吐いた。
 今の自分達は、シドゥを追いかけてペンダントを取り返すこと、セルリアを説得して連れ帰ることの2つが仕事だ。どちらも探し出すのは非常に困難だ。
 セルリアは、ラクスからもらった似顔絵がある分、まだ救いがあるかもしれない。ペンダントが帰ってこなくとも、セルリアが帰ってくればレナは喜ぶのではないか。どちらにせよ、シドゥの件はいったん置いておくしかない。

 アメを口に咥えていたキルアが、「あ!」と先を指差した。
「ザクスだ!ってことはー、もうすぐリギストかぁ〜……むー……」
「ん?なんか乗り気じゃねーな、珍しく」
「へ?んと…………知り合いがいるから?」
「あぁ……わかる」
 いつもわくわく元気いっぱいなキルアが、少しだけ嫌そうにしたのが意外だった。その返答は、何やら曖昧な上、自身さえ納得し切れていないらしい妙なものだったが、ゼルスは突っ込まずにそう返しておいた。
 ルプエナとリギストを分ける、ザクスという巨大な谷。その付近は土地も痩せており、草木も谷を避けるように離れたところで自生している。無論、そんなところに人が近付く理由もなく、ザクス周辺は死んでいるように人気がない。
 だから、その谷の近くに立つ人影を見つけ、まず不審に思った。そしてその特徴的なものを視認するなり、ゼルスは声を上げていた。

「おい、あれ——!!」





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  『アンタらがあの人、、、を探せないのも無理ないさ。今あの人は、アンタらには探せない、、、、、、、、、、ようになってるから。それだけ力が弱ってるってことさ』

 脳内で反芻される言葉は、くつくつとおかしそうな声で響く。

  『あれ、何その不満そうな反応。今、大ヒント言ったんだけどな〜?あははッ、もしかして気付けてない?』

  『アタシだって命を売るようなマネはしたくないからねぇ?最大限、譲歩してこれくらいかな』

  『ねぇ——疾風サン?』



「………………」
 瞳を開くと、眼前には空洞が横たわっていた。
 自分の足先手前に広がる、巨大な横長の空隙。木々の見える対岸は遥か向こう、とてもじゃないが跳躍などでは越えられる距離ではない。
 見下ろすと、底は見通せない闇に包まれている。大地にぽっかり開いた南北に走るこの口は、古くからあぎとという意味でザクスと呼ばれる。竜が口を大きく開いたような形に見えることから、そう名付けられたらしい。
 大陸の南側に位置するこのザクスによって、ルプエナとリギストは国境が分けられている。唯一、陸続きになっている北側の境を越えて、二国間のやり取りは行われる。『飛族』の自分には、甚だ関係ない話だが。
 崖の表面を駆け上がって下から吹き上げてくる風に銀髪を踊らせながら、ゼドは虚空を見つめていた。

(……何処にいる)
 自分が追っている人物。一度は寸前まで追いついたのだが、奴の事故のとばっちりを喰らい逃がしてしまった。どちらにせよ、奴には敏腕のサポーターがいるので難しいのだが。
 ケテルフィール家を去った後、シドゥが自分に向かって言った『情報』という名の言葉の束。それを告げるなり、彼女はペンダントを持って姿を消した。
 言われた時は、あまりに既知なことだと思い気に留めなかったが……言葉を逆にとればどうか?
 自分達には探せない。探せる者は自分達ではない。では誰か?
 渇いた固い地面の上で、ゼドはそこから澄み切った空を見上げた。
「……ノア。見ているんだろう」

07

≪………………見てるけど?≫
 虚空に放たれた声に返答があった。
 空から降ってきたように聞こえた、空の蒼に染み渡るような響き。元は好青年そうな声だろうに、面倒だが答えてやった、そんな気配が見て取れる嫌悪がすべてを台無しにしていた。
 ノアと呼ばれた声の主は、刺々しい口調で続ける。
≪何か用?あんまり声かけてほしくないんだけど。ついでに言うと、お前に気安く名前も呼ばれたくない≫
 この声の主は、存在を無視できないほどゼドをひどく嫌っている。それを理解してはいるが、ゼドは特に何とも思わない。いっそ清々しいほどに関心がなく、向こうが気を悪くすることへの気配りさえない。
 今、関心があるのは、ただ1つ。
「世界を視るお前なら、すべてわかっているだろう」
≪視てるだけで、すべてわかるわけないだろ?俺はジークじゃないから、みんなが何を話してるのかまではわからない。こうして一部とは意思伝達できるけど≫
「視ているだけで、大体わかるはずだ。お前も従士の一人なら」
≪………………≫
 ゼドのもっともな言葉に、ノアは黙り込んでしまった。空の向こうで、ノアが無言で苛立たしげにこちらを睨んでいる様子が想像できた。
 そんなことはどうでもいい。自分が聞きたいのは——

「答えろ。……お前らの主は、何処にいる」
 何処までも無感動な瞳のまま。鏡のように情景のみを映す目には、使命を果たせずにいることへの焦燥も苛立ちも何もない。
 ノアは沈黙の後、何処となく呆れた口調で言った。
≪……お前さ、ほんっとうに何も感じないんだな。じゃなけりゃ、俺に声をかけてくる理由が説明できない≫
「………………」
≪俺がお前の邪魔してるって気付いてるだろ?気に食わないとも思わないの?≫
「……何の話だ」
≪だろうさ……どうせお前には理解できない。一度だって理解できた試しがない≫
 理解しないからこそ腹が立つ。こちらが空回りしてばかりで余計に苛立つのだ。ここまで嫌いになったのは、それらが助長したと言ってもいい。
 無関心な奴に感情的になっても仕方ないとは知っていても、つい食らいついてしまう。ノアは少し自分を落ち着かせてから、口を開いた。
≪……今、俺が言いたいのは、お前、馬鹿じゃない?ってこと。敵対してる相手に素直に教える奴がいると思う?お前でもしないだろ≫
「主を捨てたお前には、何が起ころうがどうでもいいことだろう」
≪…………うるさいな……≫
 痛いところを突かれた声は、途端に覇気を失った。怒り疲れた余韻で溜息を吐き、それから少し考えるような短い沈黙があってから。
≪……あの人は、大陸を巡ってる≫
 諦めたように、ゼドの問いに答え始めた。さっさと答えれば、彼との会話が終わるとも考えたかもしれないが。
≪あの人の気配は今、とても弱い。現界の者達に紛れてる。俺だって探すの結構大変なんだ。あっちから声をかけられなきゃ、まず気付かない。お前らが探すことはまず不可能≫
「……大陸を巡ってどうするつもりだ」
≪観光みたいなもんだよ。お前の主人だってそうだろ?≫
「人を嫌っている奴が何を見る」
≪自分で考えたら?ひとまず、お前も思っている通り、最後は必ず『あの場所』にやって来る。俺だって命を粗末にしたくないし、それ以上は教えたくない≫
 不機嫌そうに言い切ると、声はフッと掻き消えた。空を見上げて声を聞いていたゼドは、視線をザクスの空隙に落とす。
 探すのは不可能。大陸を巡っていれば、再び『奴』と運良く鉢合わせるかもしれないが……その確率は、ほぼゼロに等しい。かと言って、奴が『あの場所』に着いた頃では遅すぎる。
 自分は、何が何でも奴を捕らえなければならないのだ。

 ……そういえば、さっきから近付いてくる気配。それらの意識は、明らかにこちらを向いている。
 そうとだけ察してゼドが動かずにいると、その2つの気配は背後にやって来た。ようやく振り返ると、予想通りの飛族二人組がそこにいた。



「やっほー!☆ ひっさしぶり〜♪」
「あー、お前……ゼドって言ったっけ。この間はどーも」
 キルアは相変わらずのテンションで、ゼルスは片手を上げて言う。ゼルスの一言は軽い挨拶に聞こえるが、その声には恨めしそうな響きがあった。
 何たって、ケテルフィール邸での出来事。手加減されたのだ。手加減。自分がすることはあっても、されることなんて、すんごい久しぶりだ。イラつくというか悔しいというか。
 憎しみのこもった目付きでゼルスがゼドを睨みつけていたら、その隣でキルアが「おおっ、そーだ!!」と思いついたように言い。
「ねぇねぇゼド!シドゥが何処に行ったか知らない〜?ボクら探してるんだー!」
「おお、珍しく役に立った」
 今そんな発想はできなかったゼルスは、キルアのまともな一言に大いに感動した。確かにゼドはシドゥと一緒にいたし、何か知っているかもしれない。
 二人がゼドに望みをかけるが、しかし、返って来た言葉は冷ややかだった。
「シドゥとは、たまたま一緒に行動しただけだ」
「ふえ?? 何処に行ったのかもわかんないー?オトモダチじゃないってコト?」
「そーらしいな。そーいや、なんか利用されたっぽいこと喋ってたっけ」
「………………」
「何つーか、意外と」
 ゼルスが何とはなしにそこまで紡いだ直後。
 ビュッ!と、耳元で風が勢いよく裂けた。
 理解が追いつかず、ただ硬直した。固まったまま目だけで横を見ると……自分の横顔が映る銀の刃。

「……『意外と』……何だ?」
「……い、意外と……寛大な奴なんだなーって……」
「………………」
「………………」
 ……自分で言って、意味がわからなかった。一体、これの何処が寛大なんだか。しかも寛大なんていう普段は使わない言葉が飛び出た。
 頭の真横に、目視できない速度で、持っていたらしい大剣を突かれたっていうのに。脅し以外の何にも見えない。
(どーなってやがる……)
 もう一度、銀の刃を横目で見て、ゼルスは久しく感じたことのない戦慄を覚えた。今更のように冷や汗が噴き出る。
 ——見えなかったのだ。ゼドが微動するのも、こちらを振り返るのも、大剣で突かれる瞬間も、何一つ。彼がその気であったなら、自分は死んだということにも気付かないまま死んでいただろう。
 ちらっとキルアを見ると、彼女も唖然と、大剣を引くゼドを見つめていた。どうやら自分の視認ミスではない。

「……んじゃ、シドゥとは何かワケアリでタッグ組んだわけな?」
 ——だからこそ疑問だ。シドゥは自分達と同じくらいだったし、ゼドが遅れを取る相手ではない。それがこうも簡単に、シドゥの思惑通りに動かされているなんて。
 ひとまず確認をとるが、ゼドは返答するまでもないと判断したらしく、いっそ華麗なまでに無視した。そして一方的に問いかけてくる。
「銀髪の鳥族を見なかったか?」
「へ……?ぎんぱつの、とりぞく?? キミのコトじゃないの?」
「……?」
 ぱちくりと瞬きをして再起動したキルアが首を傾げると、ゼドは訝しげな表情をかすかにした。ゼルスは何か嫌な予感を覚えた。
 予感通り。ゼドは、おもむろに自分の髪を摘み上げ、その一房を一瞥し納得した様子をした。ゼルスは信じられない気持ちで間髪入れずに声を上げていた。
「ってお前、自分の髪知らなかったのかよ!!」
「興味がない」
「いや最低限、自分のスペックくらい知っとけよ?!」
「じゃあじゃあ、ゼルスは〜?」
「あー髪は茶髪、目は青、趣味は読書で嫌いなものはうるさい馬鹿だ!!」
「じゃあよかったね♪ ボクの趣味は騒ぐコトで、キライなモノは読書だよー!ゼルスの天敵はボクってコトだね☆」
「天敵とタッグ組んでるってことかよ!?」
 とにかく。ゼドに当然のように切り捨てられ、さらに唖然とする。そんなスタンスでやっていけているのが有り得ない。
 個体として存在する以上、すべての基準は己自身だ。人は自分の容貌、身体能力、性格など、すべてとは言わずとも大体理解した上で、是非の判断をして行動しているはずだ。一体コイツ、何を基準に行動しているのか。

「銀髪の鳥族って、キミのコトじゃないんだ?じゃあじゃあ、キミの他にも鳥族いるの!?」
「……あぁ」
「ほんとっ?! ボクもね、同族探してるんだ!ゼドもそのヒト、探してるの〜?」
「追っている」
「……もしかしてタックル野郎か?」
 リギストのイールス上空で、二人は、何かを追っていたゼドと初めて会った。あの時、彼が追っていた、キルアにタックルして消えた奴のことだと考えるのが妥当だろう。
 ゼルスが聞いてみると、ゼドは、静かな翠の双眸でゼルスを見て。
「見かけたら言え」
「ってスルーかよ?!」
「お前達には無意味だろう」
「なんか基準おかしいだろ……まぁいーけど……」
 無駄なことはしないというか、したくないのか。ここまで無駄だと切り捨てる奴は、珍しいというか変というか。
「うんっ、わかった!見かけたら教えるね☆」
 ゼドは再びこちらに背を向け、その大きな羽にキルアが手を上げて言った頃には。『手ぶら』のゼドは、その空間から掻き消えるように、空隙を飛び越えて遥か遠くへと飛翔していた。





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 自分は、何も持っていなかったのだ。
 最初からこの両手には何もなかった。あったのは、自分の背後で自分を支えるもの。
 それから目を背けてはいけなかった。それは自分を肯定する唯一のもの——のはずだったから。

 瞼の裏に焼きついた眩しい笑顔は、太陽のようで。
 背後から目を逸らして、太陽を見てしまった。自分を肯定してくれる新たな存在は、あたたかくて。
 でも、同時に気付いてしまった。背後に伸びる影は、永遠に自分について回るということを。





「羨ましいご身分だねぇ?」

 閉ざした瞼の裏の暗い世界に浸っていると、くつくつと笑い声が聞こえてきた。
 振り返るまでもない。目を開くと、部屋の中の薄暗い闇を裂いて背中から差し込む外部の光で、切り取られた自分のシルエットが壁にあった。
「部下までいて、尊敬されながらのんびり平民暮らし。そりゃ大層満足してるだろうね?」
「………………」
「いや、アタシはアンタが羨ましいなんて全っ然思わないけどねぇ?自分の使命から逃げて、いっつも自責の念に駆られてるなんてさ?」
 若い少女の声が、その年に似つかわしくない険悪な色を含んで響く。壁に投影された自分のシルエットに重なる少女の影が嘲るように続ける。
「『影』は、ずっとアンタについて回る。ま、アタシは止めはしないけど、『先例』を知ってるはずだよ?」
「…………お前は」
「ん?」
 当然のように言い放つ少女の声に対し、自分は低い声で言い返していた。

「お前には……迷いはないのか」

 ——自分は何も持っていなかった。何も知らなかったのだ。
 でも自分は、世界はこんなにいとおしいものなのだと知ってしまった。だからこそ迷いの果てに逃げたのだ。

 一瞬の逡巡もなく。迷いなど、塵すら存在し得ない返しで。
 掠れるほど小さな問いに、少女は仰々しい口調で答えた。

「もちろん、あの人のお望みままに」
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