第5話  似た者同士

 自分は8歳の頃に、両親を亡くした。
 面倒を見てくれる人はいたが、しばらくは一人ぼっちだった。他人不信でもあったし、なかなか打ち解けられなかった。
 そんな自分の後姿は、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。



 フカフカしていそうな屋根のあるベッドや、抱きつけそうなくらい大きなぬいぐるみなどがあって、広い子供部屋はとても賑やかで楽しそうだ。
 だけどその後姿は、そんなものに興味は示さず、ただ窓の外を眺めている。
 つややかな水色の二つに結われた長い髪が流れる、とても小さな背中は、逆光で陰っている。そのまま光に呑まれて消えてしまいそうに見えた。
 床に座り込み、庭園を向いてつくられた大窓から、朝の柔らかな日が差す外を見つめる少女。その視線の先には、何を思い描いているのだろう。
 そんな部屋のドアを開けたゼルスは、後ろのキルアを振り返った。
「……何て声かける?」
「へ??」
「話題振ったりするのは得意じゃねぇ」
「え〜?ノリだよノリ〜」
「じゃあそのノリで頼んだ」
 仕方ないな〜と、キルアは少女——レナのもとへと歩き出す。「やっほぉ〜☆」と、ひょこっとレナの目の前に顔を出して、少しだけ驚いたような反応のあった彼女に笑いかけた。
 それからその隣にしゃがみこんで、興味が向いたようにこちらを見てくるレナに話しかける。
「おっはよー、れーちゃんっ!ボク、キルア!あっ、それから、あそこに立ってるのがゼルス!オトモダチになりに来たよぉ♪」
 早速あだ名みたいなものまでつけちゃって、キルアはフレンドリー全開でそう言った。この面ではキルアには敵わない。
 とりあえずゼルスも部屋まで入ってきて、見知らぬ二人を青緑の瞳で交互に見るレナに、「よろしくー」なんて棒読みで言っておく。
「……飛族……」
「あっ、うん!そーだよ!やっぱり初めて見る?」
 キルアの背の白い羽を見てぽつりと言うレナに、キルアがぱたぱた羽を動かしてそう言うと、レナは小さく頷いた。

 座り込んでいるキルアとレナの少し後ろに立っていたゼルスの目に、日差しに照らされているレナの白い肌が映った。随分と白い。今は当たっているが、普段、日光に当たっているのかも疑わしいほどだ。
「普段、外、出ないのか?」
「……たまに……お庭に……少しだけ」
 今まで、キルアの強い押しのせいで何も喋れなかったレナが初めて言葉らしい言葉を発した。注意しなければ聞き逃してしまいそうな、高くてか細い、綺麗な声。
 それでも一応、キルアにも聞こえていたらしく、キルアは「お庭かぁ〜」と、窓の外の大きな庭園を見た。
「じゃあじゃあ、どっか遠いトコロに行こーよ!」
「はい却下。屋敷を留守にするつもりかよ」
「ぶーっ!ゼルスのイジワル〜!」
「何で俺のせいなんだよ……」
「アクマ〜!オニ〜!カイジュウ〜っ!!」
「怪獣って何だよ!? あーくそ、何とでも言え!! 俺らは見張りも任されてんだぞ、ったく……」
 コイツ、本来の目的を本当に忘れてないだろうか。ゼルスは溜息を吐いた。
 しかし、レナは思ったよりしっかり反応する。これなら自分でも気が向いた時にでも話せそうだし、1週間越せそうな気がしてきた。





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 貴族の屋敷の謎は、馬鹿デカイ庭園を持つことだろう。
 貴族の趣味なんて知らないが、こんなに広い庭を持っていて何になるんだろうか。手入れが大変なだけじゃないか。園芸や鑑賞が趣味と言うならまぁいいが、いまいち理解しがたい。……と、ゼルスは思う。

 昨日、屋敷に入る時にも見た、女性天使像の噴水の辺り。緑青色の棒に巻きつく色とりどりのたくさんのバラを見て、キルアが言う。
「きれいだね〜!」
「それ、食えるぞ」
「ホントッ!? っいたあぁあ!!?」
「お前バラ知らねぇの!?」
 噴水の縁に座ったゼルスが冗談で言ったのに、本気にして花をとろうとしたキルアはトゲにやられてバラに負けた。というか今、食べ物だとわかった瞬間のキルアの豹変ぶりが異常だった。どんだけ食い意地張ってるんだ。
 ゼルスの隣には、同じように縁にちょこんと座るレナの姿。自分の家だから、やはり庭園も見慣れていて大して興味もないらしい。
 指先を舐めながら恨めしそうにバラを見るキルアをよそに、ゼルスはレナに声を掛けた。
「家から出たこと、あるのか?」
「……昔……なら」
「半年前から昔?」
「………………」
 セルリアがいなくなった時期を上げて問うと、レナは答えたくないのか黙り込んでしまったが……恐らくそうなのだろう。やはり、レナにとってセルリアという存在は大きかったようだ。

 レナの青緑の瞳は、諦めてしまった者の目だ。12歳という幼さなのに、もう期待していない目。
 両親を亡くし、一人ぼっちになったレナ。その彼女に話しかけたセルリア。やっと笑顔になれたと思ったら、セルリアは彼女を置いて姿を消した。
 彼女自身が深くは考えていなくても、裏切られたと思っていることだろう。



 気が付けば、キルアがいない。ずっと奥の方まで探検しに行ったらしい。ゼルスとレナ、微妙な距離を置いて一緒に座る二人の間を、噴水が立てる水音が通り抜けていく。
 特に喋ることがない。ゼルスが黙したままだと、レナも黙したまま。
 ゼルスは静寂は嫌いじゃないので特に苦でもない。むしろ好きな方だ。最近キルアと一緒の時間が多かったために、なんとなくこの静けさが久しい。

 ふと、レナの方に目をやった時、赤い色が目に飛び込んできた。何だ?と思ってよく見ると、レナの首から赤い石のペンダントが下がっていた。
 妙に存在感のあるそのペンダントは、持ち主であるレナよりも目立っているような気がする。レナ自体、存在が希薄な印象があり、さらにそれにコントラストをかけるように、そのペンダントは物凄く目立っていた。どうして今まで気が付かなかったのだろう。
「そのペンダント、お前の?」
 貴族だからオシャレセンスは確かだろう。ゼルスはオシャレにはあまり詳しくないのでよくわからないが、恐らく、自分よりもアクセサリーが目立つことはあってはならないだろうと思う。こんなふうに極端な場合は、特にだ。
 だからまず、ほとんど無意識にレナの物なのかどうかを聞いた。到底、そうには見えなかった。
 ゼルスが指差して問うと、レナは気が付いたように、自分の首からぶら下がるペンダントに目を落とした。静かにそれに触れ、ぽつりと言う。
「……昔……拾ったの。……この……近くで」
「……拾った……ねぇ」
 確かにケテルフィール家の領地は馬鹿デカイから、掘れば何かしら出てくるかもしれない。宝石か何かなのかもと思ったら、かすかな声が聞こえて耳を澄ます。
「……け、だから……」
「ん?」
「これだけ、だから……セルリアとの、思い出……」
「……あぁ……セルリアと見つけたのか?」
 少女の口から初めて彼の名が出た。納得してゼルスがまとめると、レナは少し間を置いてからコクンと頷いた。
 人それぞれ、大事にしている物には、何かしら思い出があるはずだから。それを軽んじる奴は最低だ。……と、ゼルスは思っている。

「セルリアって、どーゆー奴だった?」
「……静かな人」
「ふーん……」
「でも……優しくて、いい人」
「……そっか。いい奴だったのか」
「うん」
 彼のことを話すレナは、なんとなく嬉しそうに見えた。文の区切れもさっきよりハキハキしているし、気のせいではないだろう。
 試しにセルリアの似顔絵を見せてみたら、少しだけレナの表情が緩んだ。かと思うと、その大きな双眸からポロポロと涙がこぼれた。
 驚いたのはゼルスだ。まるで化け物に遭遇したかのようにぎょっと身を引いた。あたふたする顔は、いつもの冷静さなど空の彼方である。子供に泣かれると物凄く困る。
「ちょ、ど、どーした!? 俺なんか悪いことしたか!?」
「……っく……セルリア……」
「だ、大丈夫か?えーと……」
「なん、で……ひとりは、こわいよっ……ひっく……」
「………………」
 震える声が紡いだ一言は、脳裏に遠い記憶を思い起こさせた。
 こぼれる涙を手の甲で拭うレナ。震えるその頭をポンポンと撫で、ゼルスは優しい声音で言う。
「……一人は怖いよな。けどほら、じーさんがいるし、お前は一人じゃない」
「おじいちゃんは……ぐすっ……いっつも、いない……」
「あぁ……そうか。じゃあやっぱり、セルリアの方がいーな……」
 確かに祖父オスティノは仕事柄、家を空けることが多いだろう。その間はずっと、レナの傍にはセルリアがいてくれたはずだ。今回、自分達は、セルリアの代わりということだろう。
 泣くレナをそうして宥めながら、ゼルスは昔のことを思い出していた。

 一人は怖い。自分だって両親を失った時そうだった。世話をしてくれる人はいたが、すぐには馴染めずにいつも本ばかり読んでいた。
 今でこそ感謝しているし、こうして一人でも生きていける。でもその途中で見限られていたら……今、自分はどうなっていただろう。

05

 噴水の水音を聞いていると、落ち着いてくる。それは、すでに庭園を見飽きているレナも同じだったかもしれない。
「……なぁレナ。セルリアがいなくなる前日とか、何か兆候はなかったか?」
 レナが落ち着いてから、ゼルスは問うた。セルリアのことを一番知っているのは、長く一緒にいたレナだろう。
 レナは思い出すように少し沈黙してから、小さな声で返した。
「……困ってた、みたい……だった……」
「困ってた?何で?」
「………………」
「何処に行ったか心当たりは?」
「………………」
 それ以上はわからないらしく、レナは二度首を振った。それっきり、次の日にはいなくなっていた……ということか。彼女もオスティノと大体同じのようだ。
 ゼルスはふぅーっと溜息を吐いた。
「……そーか。そのセルリアには、会って一言言っとかねーとな……」
「……?」
「俺ら今、セルリアを探してんだよ。ここにいるって聞いて来たけど、セルリアはもういなくなった後。その後は見当もつかないと来た。はぁ……」
「あれれっ、ゼルス、それ、話しちゃっていーの?」
「っ!」
 レナのリラックスしていた背筋がピンと伸ばされた。当然後ろからかけられた、ここにはいないはずの声にだ。
 目を見開いているレナを一瞥してから、最初から気付いていたゼルスは呆れた顔で、庭園の奥から帰ってきたキルアに目をやった。

「お前、何で気配消してくんだよ……」
「ふえっ?? ゼルス、気付いてたの?なんだぁ〜……えっとね、なんとなく☆」
「これだ……俺はともかく、レナは別だろーが」
「あっ!そっか!れーちゃん、ゴメンゴ!ダイジョブっ?」
「ゴメンゴって何だ……」
 そこまで気が回らなかったらしいキルアが、慌ててレナに駆け寄って申し訳なさそうに言う。レナは小さく頷いた。
 ふと、キルアはレナの瞳を覗き込んで、「あれっ?」と目を丸くした。
「れーちゃん、泣いてたの!? わかった!ゼルスが泣かしたんだー!! ひどーい!」
「う、うるせー違ぇよ!セルリアのせいだ!!」
 まだ会ったことのない人間に罪を擦り付ける。でも間違ったことは言っていない。きっかけは俺だけど、きっとセルリアのせいだ。
 頭を掻いてゼルスは立ち上がり、空を仰いで、決心したように口を開いた。

「キルア」
「ん〜?」
「セルリア探し出して、説得すんぞ。帰って来いって」
「……!」
 レナが息を呑む気配が伝わってきた。キルアは目をしぱしぱ瞬かせてから、笑顔で頷いた。
「もっちろーん!!」
「……ほんと?」
 期待した目で見上げてくるレナ。さっきまで諦めた目をしていたのに、希望が見えて途端に生き生きし始めた瞳。
「話してみねーと何とも言えねーけど……え、いや、その」
 相手にも何か事情があるのだろうし、話してみないとわからない。現実的にゼルスがそう言いかけると、すぐにその目が悲しそうになっていくので慌てた。そしたら恐らく無自覚に、キルアが助け舟を出してくれた。
「ボクがばしーっ!って言ってくるよ!だから待っててね、れーちゃん!」
「…………うん」
 セルリアが絡んでいるからか。レナは初めて、ふっと口元をほんの小さく綻ばせた。
 ゼルスの危惧したセルリアの事情とやらがかなり複雑なものであると、彼女が知ったのは、『すべて』が終わってからだった。





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「なるほど、アンタはあそこに入りたいんだね。でも不審すぎるから無理、と」
 三日月の弱い光はぼんやりと広場を照らす。広場に数えるほどしかない街灯もすべて消灯していて、虫の声だけが響く真夜中。
 薄汚れた茶色のコートが、静かな広場を吹き抜けた冷たい春風になびいた。一緒に、その背中に流れていた1つに結んだ暗赤色の髪も踊る。
 薄闇の中、黒く切り取られた影が、少し低めの少女の声で楽しそうに言う。
「アタシも、あそこに用があるのさ。当然だろーけど、お互いの詮索ナシね。悪い話じゃないだろ?一緒にどうだい?」
「断る」
 少女のワインレッドの瞳には、この暗さでも明るい、銀色の光が映っていた。彼女が見つめるのは正面の長身。
 月光につややかな銀髪が煌いていた。まるで氷のような印象を受ける翠色の瞳を持つ、端正な顔立ちの青年だった。黄色の縁取りのなされた青装束は、闇に半ば溶け込んでいる。
 即自分の誘いを断ったそんな青年に、少女は苦笑しながらそう聞いた。
「あらら……何で?」
「なぜお前と行動しなきゃならない」
「うーん……それは、アタシの気分?」
「………………」
「って、ちょっと待てって!冗談だって、本当のこと言うから!アンタが強いからだよ。オマケに……飛族だしね?」
 無言で背を向けた青年を制し、少女はクスクス笑った。……正確には、この闇の中でもはっきりと映える、青年の背中の、尋常でなく大きな白い鳥の羽を見て。
 確かに彼の方が強いし、彼には組む理由がない。自分はその強さを利用しようと思っているのだから。
「じゃあ取引にしよーか?アンタがアタシに協力してくれたら、アンタが追っている奴についてアタシが知っていることを教えてあげるよ。ま、大した情報じゃないかもしれないけどね」



 ——少女が気軽な口調で言った途端。
 静寂の中、青年の意識がピンと張りつめたのがわかった。先ほどまでのややたるんだ気配が、一気に細く鋭く、収束する。
 青年は、肩越しに少女を振り返った。警戒がうっすらと見て取れる翠の瞳が、少女を睨みつける。ようやく気付いた様子の青年に、少女は笑いを押し殺すことに苦労した。
「……自分の主を売るつもりか?」
「いやぁ?まさか。あくまで勝算があって言ってるんだよ。アタシの情報がアンタの役に立つかはわかんないけどねぇ」
「『あの妙な気配』の正体を知っているのか」
「もっちろんさー。言うつもりはないけどね。あ、それか今、アタシをさっさと倒しちゃうっていう手もあるけど?アンタもわかってる通り、今のアタシは弱ってる。チャンスは今だよ?」
「………………」
 そう、チャンスは今だ。さっさと倒した方が、後々楽だろう。
 そうだとはわかっているのだが……弱っている相手に手を上げるなど、プライドが許さなかった。
 そしてまた、少女もそれを知っていた。知っていて、わざとそう言った。

 少女に協力して情報を手にするか、
 少女が弱っている今、彼女を倒すか、
 すべて、この話をなかったことにするか。

 三択で悩む青年に、少女は不気味なくらい優しい声音で言う。
「さぁ……どうする?それでも、一緒にやらない?」
 選択の余地はないだろうけどね——と、内心で付け加えて。
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