第3話  もくろみヒト探し。

 そりゃ自分が嫌いな相手、もしくは嫌な思い出がある相手とは会いたくないだろう。
 しかし、
「てめえかよ」
 ……こんなふうに、露骨にされると結構傷付く。
 さっきまでの笑顔は何処へやら、順番待ちをしていた次の相手を見て、タバコを咥えたオヤジは嫌そうな顔をした。あれだけ怒鳴った翌日に、のこのこ顔を出しに来ると思ってなかったので余計に。
 列に並んでいる間、いつもより多くの視線を感じた。それは昨日の騒動を知っている人々が、やはりオヤジと同じような気持ちでこちらを見ていたからだろう。
 その視線は何とも思わなかったが、顔馴染みのオヤジに面と向かって言われると、少し胸が痛い。しかしこれは自分の身から出た錆だし、ゼルスは乱暴に呑み下した。
「お前、昨日で信頼ガタ落ちたってわかってんのか?なのに依頼受ける気か?」
「わかってる。つーか依頼受けなかったら生活できねーし……だから、オヤジが任せてもいいって思える依頼でいい」
「ないな」
「………………」
 即答だった。黙り込むしかないゼルス。表情は、何処かつらそうで。
 オヤジは手に持っていた依頼書に目を移し、紫煙を吐き出しながら突き放すように言う。
「だから、とっとと帰るんだな」
「見るくらいいーだろ」
「おっ!?」
 負けじと言い放ち、ゼルスは素早くその紙を奪い取った。タバコを持っていたせいで片手が塞がっていたのもあり、反応が遅れたオヤジはチッと舌打ちした。
「飛族は無駄に素早いからタチが悪いぜ……」
 そんなオヤジの言葉をバックに聞きながら、ゼルスは依頼内容に目を落とした。

依頼主 : ラクス・ファノア
職業 : 庶民
内容 : 探してほしい奴がいる。人数が多い方が探しやすいかも。

「ほら、見終わっただろ。帰った帰った」
 最後の一字まで読み終わった直後、見計らったようにオヤジにばっと紙を奪われた。タバコの煙をまとった手をシッシッと振り、オヤジは溜息を吐く。
 たまたまだったが、今の依頼は二人以上が望ましいものだった。前回、それで失敗しているゼルスに、オヤジは意地でもこれを受けさせたくないだろう。
「……オヤジ。俺、それやる」
「却下だ」
「ちゃんと協力する。……援護くらいになりそーだけど」
「信用は地に墜ちてるんだぜ?よくそんなこと言えるな。とにかく、却下だ」
 くだらなさそうにオヤジはゼルスの言葉を一蹴し、背後のファイルが詰まっている本棚から1冊をとり、それに紙を戻そうとした。
 その瞬間、ゼルスの手が伸びた。オヤジが反射的に紙を引いたが、ゼルスの手は、オヤジのすぐ近くにあったペンを掴んだ。
 が、しかし。

「あっ、おい!」
 オヤジが目を丸くした直後、ゼルスの空いていたもう片方の手が、気の緩んだオヤジが持つその紙を取り上げた。そしてそのまま自分の手元に引き寄せ、ペンを持った手を紙の上に下ろし、そこに自分の名前を書き始める。
 黒インクが綴っていくそれを見ながら、すでに奪還を諦めたオヤジが言った。
「ったく……おい、ゼルス。まぁ確かにお前さんの信頼はガタ落ちだよ。けどまあ、その実力と、公言したらちゃんとやるってところは知ってるつもりだ」
「……オヤジ」
 顔を上げ、ペンを置いたゼルスは、不機嫌そうなオヤジの言葉に声が出ない。長い付き合いのオヤジは、ぴっと太い人差し指を立てて念を押すように言う。
「いいか?公言したからにはやれよ。名誉挽回のチャンスだぜ。これでできなかったら、R.A.T解約するからな?大目に見るのはこれっきりだ」
「あぁ、さんきゅー。俺だって仕事がなくなるのはキツイ」
「ひとまず、よさそうな奴に声かけてみるぜ。ゼルスがヘマしても大丈夫そうな奴」
「俺がヘマする前提かよ?あーでもまぁ……頼むわ」
 ちょっと憎まれ口を叩いてやろうかと思ったが、やめた。チャンスをくれたオヤジには頭が上がらない。
 しかしオヤジにとって、それは悩ましいところだった。ゼルスは、R.A.T内で五本の指に入るほどなのだ。そんな奴をフォローできる人間なんて限られてくる。少なくともこのフェリアスには、いない。
 白髪が若干見え隠れする濃い緑を困ったように掻いて、オヤジはタバコ臭い息を吐き出した。



「じゃあじゃあっ、ボクが一緒にやる!それなら文句ないデショっ?」
 何処から聞いていたのか、そんな声が横から転がり込んできた。
 ゼルスの横から現れ、彼が置いたペンを掴み取ったその人物は、そう言ってオヤジに笑いかけた。
 いきなり現れた自分を凝視して呆然としているゼルスに、天真爛漫という言葉がピッタリ似合うキルアは「いえいっ」とピースして見せた。
「やっほーぅ、ゼルスっ!ヒっサしぶりぃ☆」
「まだ1日も経ってねぇよ……つーかお前、いつから近くにいたんだよ?」
「空飛んでたらー、なんか聞こえてきたんだよ?」
「どんな地獄耳だよ……」
 逆に不思議そうな顔で言われたから困った。彼女はこれが普通らしい。動体視力ならぬ動体聴力がいいのか。
 キルアはいつも通りに見えるが、少しだけ右足の上がりが鈍い。力を入れると、右脇腹の傷が引き攣れるのだろう。思わず脇腹に視線をやって、ゼルスは言いにくそうに聞いてみた。
「……つーかお前、ケガは?」
「ん?ダイジョブダイジョブ☆ 昨日くらいバリッバリには動けないかもだけどっ、感電したり火に焼かれるのと比べたら全然へーきへーき♪」
「……そ、そうか」
 そういえば魔術師は魔術師なりに、恐ろしいリスクと隣り合わせなのだ。魔法は大体は思い通りに動くが、精霊を制御できなければそんなことになる。見かけはそうは見えないが、きっとあそこまで魔法を習得するのに凄まじい努力を要したはずだ。

 ゼルスのフルネームが書かれた紙を見て、キルアは「うー……フルネームめんどー」と嫌そうに言いながらペンを動かす。そのペン先を見つめていると……確かに長い。終わらない。あっさり自分の名前を追い越した長さに、ゼルスは「うわー……」と同情するような顔をした。
「お前、無駄に姓長いなー……」
「仕方ないじゃんかぁ〜っ! ……っよし、はいオジサン、書けたよ〜♪」
 話しながらペンを動かしていたキルアは、なぜか達成感のある表情で顔を上げた。ゼルスが自分の名前の下にある名前を見ると、「キルア・エスティナ・フォルノール」と、少し癖のある字で書かれていた。
 その紙を小さく折り畳むゼルスと、ペンと自分に返すキルアとを見て、オヤジは真剣な顔で言う。
「……とにかく、それに名前を書いちまった以上、この依頼はお前らで完遂させるんだぞ。いいな。特にゼルス」
「あぁ」
「キルアもだ。どんな相手でも侮るなよ」
「はーいっ♪ じゃあ、いってきま〜す!」
 短く返事をするゼルスと、軽く敬礼するキルア。カウンターの前から横に退き、ゼルスはなんだか楽しそうにステップを踏んでいるキルアを振り返った。
 まだ別れて1日も経っていない、最悪な仕打ちをしてしまった相手に。

「おい、キルア」
「ふえ?」
 ぱっとこちらを振り向いた、キルアの無垢な黒い瞳。見通せない深さを持つ黒。
 ともすれば、こちらを見透かしてくるような目を合わせていられなくて、ゼルスは目を逸らした。
「……昨日も言ったけど、俺は一人での戦いしかできねぇ。だからフォローも下手だ。けどまぁ……今度はできるだけ、やってみる」
「うーん……ボクも同じだし〜、ふぉろーとかできないよ?間違ってゼルスも巻き込んじゃうかも♪」
「……冗談になってねぇよ……!!」
 一瞬、一昨日の夜にキルアが放っていた魔法が背後から自分に直撃する様を想像してしまった。キルアとはまだお互いに息を掴めていないし、十分有り得る事態だ。
 思わず言葉をなくすゼルスに、キルアは「ダイジョブダイジョブ☆」と笑顔で言い切る。
「魔法の扱いならまっかせなさーいっ!! それにゼルスなら避けられるデショ?」
「あー……気配によっちゃできないこともない」
「むむー、じゃあやっぱり最初、魔法使んなくてよかった〜」
「って俺を殺す画策してただろ!?」
「最初ね☆」
「マジかよ……!!」
「ウソウソ♪」
 笑顔でケロリと言われちゃうもんだから、怒る気も失せる。本当か嘘かはかりかねる。コイツ、実は結構黒いんじゃないだろうか。
 1つ溜息を吐いて、手に持った依頼書を見た。依頼人の住所は、ルプエナの東に位置する隣国リギストの首都イールスだった。
 神聖国家リギスト。神話や伝承を重んじる宗教の王国だが、神を絶対的に崇拝する反動として、魔王を最も嫌悪している。

 ……ふと、数日前に見た伝承の本を思い出した。ポーチの中に入りっ放しだ。
 あれはルプエナの伝承だったのだが、本場リギスト王国では、もしかしたら違うのだろうか。





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「結構探したんだけどさ、見つかんなくてさ〜。だから手伝ってほしいんだ!」
 寝癖なのか、少しツンツンした赤い前髪。キルアにも匹敵するほどの輝いた水色の瞳。
 まだ声変わりもしていない高い声でそう言う依頼主は、どう見ても——、
「ガキ、だよな……」
「ガキって、お前もガキだろー!」
「……お前と俺、一緒にしてほしくないんだけど」
 ガキンチョ真っ盛りな印象を受けるこの少年に言われ、ゼルスは本心からそう言った。
 ルプエナとリギストの国境・ザクスという大きな崖を越え、リギスト首都のイールスに着いた二人。そして、依頼書に写真とセットで指定されていた家のドアを開けるなり、何も言っていないのに説明を始めたこの少年。彼こそが、依頼主ラクス・ファノアその人だ。

「おシゴトって、ヒトを探すんだよね〜?」
 家の中は、食卓や棚などの家具があるくらいで質素だ。少しだけ埃っぽい気がする。
 イスに座っているキルアが、奇妙な服装をしたラクスにそう聞く。彼は室内なのに、丈が長くてサイズが大きいローブを、しかもフードまでかぶって着ていた。だから見えるのは、あどけなさが残る顔と前髪くらいだ。
「そっ。写真ないんだけどさー」
「はぁ?写真なしで捜索とかムチャクチャだな」
「似顔絵ならあるけどさ」
「……先に言えっつーの……」
 付け足されたラクスの重大な一言に、座るキルアの横に立っていたゼルスが深く溜め息を吐いた。
 ラクスは「えーっと……」と、ローブの下で自分のポケットを探る。しかし眉をひそめると、うーんと腕を組む。ゼルスはまた息を吐くと、すっと食卓の上を指差した。
「探してんのはあれか?」
 彼が指差したのは、キルアだった。食卓にのぺーっと伸びた両腕が薄い何かを持っている。
「むむ〜?誰コレ〜?」
「あっ!それそれ!」
 ローブの裾をずるずる引きずるようにキルアに近付くラクス。危うくゼルスはその裾を踏みそうになって、というか一瞬踏んでやろうかと思ったがやめておいた。
 しかし、ラクスが近付く一瞬前に、キルアがふわ……とアゴを少し上げたかと思うと。

「ふぇええーーーっくしょんッッ!!!!」
「うわぁ!?」
 盛大なくしゃみとともに、キルアの手にあった1枚の紙が吹っ飛んでいった。ラクスは慌ててそれを追いかけようとして、
「あだぁッ!!」
「うわっ!げほげほ!」
 自分でローブの裾を踏んで顔面から倒れた。その反動と、さっきのくしゃみとで埃が舞い上がり、部屋の中が白っぽくなった。
「ったく、何なんだよ……」
 ゼルスが鼻を摘んで目を細めながら、床に落ちていた紙を拾い上げた。
 半分に折られた、1枚のよれた紙だった。食卓にそれを持っていき、それを開いてみると、そこに黒い実線で一人の青年の顔が描かれていた。
「コレ、キミが描いたの?うまいねー!」
「オレじゃなくて、ねーちゃん。とにかくっ、そいつを探してほしいんだ!」
 がばっと起き上がったラクスは、頬を摩りながら言う。ゼルスはもう一度、その絵を見てからラクスを見た。
「髪とか目の色は?」
「髪は蒼で、目は紫……だっけ?」
「いや俺に聞くな。……で、コイツ、大体何処にいるとか目星ついてんのか?」
「全然?」
「………………」
 捜索範囲を絞ろうとして聞くと、ラクスは逆に驚いたような顔でそう言ってきたから、ゼルスは思わず黙り込んだ。……なんだか、物凄く詐欺に会った気分だ。
「……とにかく、そいつを探してくりゃいーんだな?大陸規模で」
「うん、そーゆーこと。あ、それから」
「なになに〜?」
「もしコイツに会っても、オレが探してたって言うなよ!ドックリなんだから!」
「あっ、ボクもそれ大好き!うん、わかった〜!」
 ドッキリとビックリがくっついて「ドックリ」とか言い間違えているラクスに、しかしキルアも気付かずに同調する。
 ある意味似た者同士の二人をよそに、ゼルスはラクスから似顔絵の紙を奪い取り、同時にポーチから出していた自分のペンで、紙の余白に聞いたことをメモした。

 これがすべての始まりになるなんて、これっぽっちも何も思っちゃいなかった。





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「…………はぁ」
 ひとまず、なんとかなっただろうか。
 怪しげな少年は、ゼルスとキルアが去った後、うーんと伸びをした。が、ローブのせいで満足にできない。さっさと脱ぎ捨ててしまうと、改めて伸びる。
 フードがなくなった頭は、燃えるような赤い短髪。——その頭の両側から、先の尖った長い耳が伸びている。

 ——正直、凄く緊張した。特にこの姿では、どうも注目を浴びる。だからローブなんかを着てみたが、相手に言われずとも自分で物凄く怪しいと自覚している。
(オレの《心界》で探しても見つからないからって、依頼出しちゃったけど……アイツ見つかるかな〜……)
 あの二人の捜索能力は、どの程度なのだろうか。依頼を受けた以上、役には立ってもらいたいところだが。
(ってゆーかまず、『名前がわからない』から探しにくいんだよなー……)
 脱いだローブを近くのイスに掛け、ラクスはぐるぐると肩を回して、ふぅ……と一息吐いた。
「さてと……じゃ、オレも探しに行こっかな」
 左右に広がる緑の竜の双翼を動かして、少年も家を飛び出した。





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 オヤジではないが、あんまり良くない印象の相手には、やはりなるべく会いたくないものである。
 そんなわけで、ラクスの印象はあんまり良くない。キルア以上にムカつくガキンチョだ。だから、引き返すとかそんなことはしたくない。
 だが、しかし……
「……似顔絵の奴の名前聞くの、忘れた……」
 王都イールスは、入口に凝った造りの巨大な門を構えた街だ。白い石で作られた円弧が美しい。神聖国家だけあってモチーフは神話で、神々しさを感じさせる大門である。
 その門の下をちょうど通ろうとしていたゼルスが、足を止めてうらめしそうに呟いた。急に立ち止まったゼルスを不思議そうに振り返ったキルアが、目を丸くする。
「あれれ〜?ゼルスってば、どーしちゃったの〜?」
「……なんか癇に障るわ……」
「でもさぁ〜、多分ダイジョブだってぇ☆」
「まぁな……」
「だって戻るのメンドクサイしさぁ〜」
「って、そっちが本音か!! あーまぁ、同じこと思ってたけど……」
 コイツと同じこと考えてたとか、同レベルの考え方だってことか?と一瞬思って、ゼルスは悲しくなった。

 ——ラクス。部屋の中でローブを着ていたり、なんだかはっきりしないところがあったり、とにかく怪しい少年だ。
「……ラクスか。なんか……引っかかるな」
「んん?部屋の中でローブ着てたコト?」
「大分サイズ合ってなかったし、急ごしらえって感じだな」
 とりあえずあのズルズル引きずってる裾を、今度会ったら踏んでやろう。あの小生意気なガキンチョにちょっとした逆襲として。埃の攻撃はつらかった。
「それにあの部屋、随分埃っぽかっただろ?」
「うんうん!鼻がムズムズってして、くっしゅーん!!てしちゃった」
「住んでたら掃除くらいするだろ。……あの家、誰も住んでないんじゃねーか?」
「えー?じゃあラクスは何であそこにいたの??」
「……さぁな」
 とにかく生活感が薄い家だった。家具も最低限しかなかったし、とりあえず似せてみました、という感じがする。
 解せないまま、コンクリートの地面を軽く蹴り空に浮かび上がったゼルスの隣に、深く考えない主義らしいキルアが「まぁいっか〜♪」と器用にくるっと踊って並んだ。

「で、これからどーするの〜?どう探す〜?」
「んー、そーだな……」
 確かにラクスのことは置いといて、まずは依頼だ。大陸規模で探すなんて馬鹿げてる。そんなことで人生を浪費したくない。
 あてもなくフワフワと空中を漂いながら、キルアに聞かれ、ゼルスが初めてそのことについて考え始めたその時。
 わかったのは、弱い向かい風が唐突に強い追い風に変化したくらいで、状況は瞬く間に過ぎていった。



「げッ、アカン!!」



 独特な声が聞こえたその直後。
 キルアの真正面から凄まじい衝撃が来て、彼女をボールのように跳ね飛ばした。
「うひゃぁっ!?」
「っ!?」
「ご、ゴメンなぁ!」
 誰かが息を呑む声と、焦った様子で謝る声。
 空中であるにもかかわらず、いつの間にか近付いてきていた何かに物凄い勢いでタックルされ、キルアは撃ち落とされた鳥のようにクルクル回転しながら落下していく。その途中で、不自然にその動きがとまった。
「な……」
 一瞬の出来事で何が起こったのかわからず、ただキルアを目で追っていたゼルスは、彼女が止まった場所を見て驚愕に目を見開いた。
 ——稀でいて、そして、異常なその光景に。
「……何だありゃあ……」
 見たことのないモノを見て、ゼルスはそうこぼしていた。

 いたのは、人である。
 煌くサラサラな銀髪と、静謐な翠色の澄んだ瞳。無表情だが整った顔立ち。黄で縁取られた青い装束。
 そこまでは到って普通だった。——異様なのは、その背。そこには、まるで天使の如く、大きな純白の鳥の羽が広がっていた。
 そんな鳥族……だと思われる青年が、キルアを両手に抱えて、そこに浮いていた。

「………………」
 彼は無言で虚空を仰いで、小さく息を吐いた。それから気が付いたように、お姫様抱っこ状態だったキルアを下ろす。キルアは自分の羽で宙に飛ぶと、鳥族の青年を振り返った。
「びっくりしたぁ〜……ナぁ〜イスキャッチ☆ 助けてくれてありがとぉ〜♪」
「お前が俺の上に降ってきただけだ」
 ピースをして言うキルアに、無表情のまま、淡々と返答する無感動な声。感情というものをすべて排除したら、こんなふうになるのだろうか。
 一方、キルアは、ピースを決めた格好のまま凍りついていた。
「……あれ?あれれー!? キミ、鳥族なのっ!?」
「………………」
 驚きを隠せずにキルアが問いかけるが、鳥族の青年は彼女を見たまま答えない。相手も、思いがけず同族に出会って驚いているのか。

03

 ——彼らのように翼を持ち、空を翔る種族。大きな括りでは「飛族」と呼ばれる。
 その中でも、竜の翼を持つ者は「竜族」、鳥の羽を持つ者は「鳥族」と分けられる。
 飛族は元々、戦闘能力が高い種族だ。さらに、空を翔ける彼らと地を這う人間とが戦うとなると、どう考えても飛族の方が有利だろう。それもあって、飛族は代々武勇の歴史を誇ってきた。
 しかし、その武勇の種族は今や少数で、めったにお目にかかれることはない。それは同族同士でも言えることで、そんなわけでキルアは今物凄く驚いていた。

 ゼルスは慌てて二人のもとに近付いた。竜族の自分を一瞥してくる青年を前に、ゼルスはいったん言葉を考える。
 彼が何者か、鳥族なのか、いろいろ疑問はあった。しかし先ほどの流れを思い出してみると、この場にはいない主の声が聞こえた気がした。ということは……、
「……さっきのタックル野郎も、飛族か?」
「そのヒトも鳥族!?」
「聞いてどうする」
 ゼルスとキルアの興味津々な問いを、青年は無感動な一言で切り捨てた。それは完全な拒絶だった。思わず二人は怯んでしまう。
「ん……いや……何かしたのか?そいつ」
「お前が知ったところで意味はない」
「……まぁ、それはそーだけど……」
 さっきの異常な出来事でやや冷静さを欠いていたゼルスは、少し我に返って相手の言い分に納得した。確かに、道端ですれ違った人に聞くことではないだろう。自分達は軍人ではない。
 向こうも向こうで、笑いもせずに拒否の意を示している。何を考えているのかもわからない。物凄く絡みづらい相手である。友達絶対いないな、と頭の片隅でゼルスは思った。

 こちらが何も言ってこないのを見計らって、青年はくるりと身を翻した。その大きな白い羽がこちらを向く。
「あっ、ちょっと待って!!」
 というキルアの制止は、当然のように無視。直後には、青年の姿はそこから消えていた。その現実を受け止めるのに二人の頭は忙しなく回転していて、しかし答えがぱっと出てこなくて、その間唖然とその空間を見つめていた。
「……き、消えちゃったー!?! ゆ、ユーレイ!?」
「いや……飛んでったんだろ。有り得ねぇ……全然見えなかった」
 ようやく状況を呑み込んだゼルスは、しかし認め切れずにいた。これでも動体視力はいい方だと思っている。それなのに、微動する瞬間さえ見えなかったなんて初めてだ。
 馬鹿デカイ羽。異次元の身体能力。
「……おいキルア。鳥族って、あんなスピード出せるもんなのか?」
「ん〜……がんばって練習したんじゃない?びゅーん!って」
「わかんねぇならそう言えよ……少なくともお前は見たことないってわけな」
 両手を突き上げて飛ぶマネをするキルアだって、自分くらいの速度だろう。ゼルスはアゴに手を当てて、青年がいなくなった空間を見つめていた。

 ——世の中は広いと、ゼルスは知っている。
 だからもしかしたら、人間、飛族、エルフ族の三種族が生きていると思っているこの世界で——第四の未知なる種族がいたって、何ら不思議はないだろう。
 あの青年も気になるが、彼が追っていたと見られる、姿が見えなかったタックル野郎も気になる。空を飛んでいた以上、タックル野郎も飛族の可能性が高い。
「……飛族の進化種?なわけねーか……」
 道端ならぬ空端で出会った鳥族の青年は、同じ飛族だと考えるにはあまりに異端すぎた。
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