第1話  デコボコンビ

 この世には、2つの世界がある。

 アスフィロスが創造した表の世界。
 ドゥルーグが創造した裏の世界。

 光あるところに、陰もまたある。
 闇を恐れた人々は、
 天国たる表の世界を創造したアスフィロスを神と呼び、崇め、
 地獄たる裏の世界を創造したドゥルーグを魔王と呼び、忌み嫌った。

 あまりの恐ろしさに、人々はドゥルーグを封印しようとした。
 しかしドゥルーグの力は強大で、封印することはできなかった。

 そしてドゥルーグは、姿を消した。





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 神や魔王は、忘れ去られた存在だろう。
 特に何かしかの宗教を信仰でもしてなければ、伝承はただの神話としての認識しかない。だからこそ『伝承』と呼ばれるのだから。
 無神論者が多くなった世の中、伝承など見向きもされない。
 そんな無神論者の一人、ゼルス・ウォインドは、しかしその伝承の本を睨めっこしていた。
(……神……ねぇ)
 手のひらサイズの文庫本を見るその胡散臭そうな青い瞳には、信仰心のカケラもない。ただ暇潰しに眺めた、そんな類。いや、実際に「暇潰し」なのだが。
 その格好のまま本から視線をずらすと、足元には円状の白い石畳が広がっている。石と石の間は草一本生える隙間もない。
 頬を撫でる風は暖かい。燦々と降り注ぐ春の日差しは、この広場をまんべんなく照らしている。この場が石なんて固いものじゃなければ、寝転がって昼寝でもしたい気分だ。でも正直、黒いコートのせいで今は少しだけ暑い。
 こんな天気の下、何が楽しくて突っ立っていなきゃならんのか。

 少し苛立ちを覚えながら顔を上げると、大剣を背に担いだ、自分より遥かに大柄な男の背中が目の前にあった。その男の前には何かの受付のような台があり、その反対側には30代くらいの男性が座って、タバコを片手にその男と笑い合っていた。
 順番待ちは、実は嫌いじゃない。待っている間、読書だののんびり過ごせるし。唯一の欠点は、さっきから思っているようにずっと立ちっ放しであるということか。
 ——だがそれは、自分が列の真ん中とかにいる時の話だ。
(こっちもこっちで、忘れられてるし……)
 次で自分の番なのに、いつになったら終わるのか。ゼルスは肩の動作も合わせ、溜息を吐いて文庫本を閉じた。
 この状態がすでに数十分は続いている。そろそろ足が痛くなってきて、ゼルスは片足に乗せていた体重を反対の足に移動した。呆れたような動作で茶色の程よい長さの頭を掻くと、先の尖った耳が指の間から覗いた。
「……長ぇなー……」
「だよなぁ」
 誰にともなく思わずぽつりと呟くと、背後から返答があった。ゼルスが肩越しに後ろを見やると、自分より背の高い、がっちりした体型の知らない男性がいた。その後ろには、この大きな広場を半分割するように長い列を成す人々が見える。
 男は、振り返ったゼルスを指差して言った。——正確には、彼の背中に生える緑色の竜の翼を。
「よ。竜族ってことは、お前さん、ゼルス・ウォインドだろ?」

 ……ゼルスは、目元がすぅと冷えるのを感じた。
「……だから何」
「うわ、口悪っ」
「今、機嫌悪ぃんだよ。話しかけてくんな」
 不機嫌な口調でそう言い捨て、ゼルスは再び前を向いた。後ろで幻滅したような男の声がする。
 それもそうだろう。ゼルス・ウォインド。その名は、このリクエセシス=アンダーティア、通称R.A.Tラット内で響き渡っているのだから。



 数十年前に、ここ商業国家ルプエナで発足し、今では世界的に有名なこの民間ギルド組織。依頼された仕事をこなし、それに応じた報酬金を得る立派な仕事として親しまれている。
 依頼内容は、ペットの捜索から始まり、依頼主の護衛まで実にさまざま。それだけR.A.Tは人々の生活に近いところにある。特にこれといった制限がなく、誰でも手軽に所属できることが利点だろう。
 しかし、依頼内容によっては自分の命をかけることもある。請け負う依頼は選べるので、すべては所属者本人の判断に任される。腕の立つ者にとっては稼ぎがいのある職業なのである。
 そういう武術の者達が集まるところでは、やはり強い者は名前が知れ渡る。ゼルスもその一人だ。
(興味本意で話しかけてきて、勝手に幻滅してるし……)
 嘆息。元々自分はあまり愛想が良くないから、確かに悪い印象を受けるとは思うが。いっつもこうだ。どうして幻滅されるんだろうか。——まぁ言わずもがな、自分の種族が関係しているのだろう。

 と思ったら、またしつこく背後の男が声をかけてくる。
「なぁ、竜族って実際どうなんだ?滅んだのか?」
「………………」
「あ、だったらお前さんがここにいるわけないよな。やっぱ強いんだよな。ちょっと戦ってみたいんだが」
「………………」
「あ、あ、やっぱダメか。飛族は誇りがあって、無駄な戦いはしないっていうか」
「…………違ぇよ」
 無視を決め込もうとしたが、最後の最後でつい反応してしまった。何だかんだで勘違いされるのは嫌いだ。
 違う。飛族は飛族であることを誇りに思っている。無駄な戦いはしないなんて、そんな神聖で高尚な種族じゃない。むしろ戦ってナンボな種族。勝手な人間の妄想だ。

 ゼルスの背には、緑の竜の双翼がある。周りには人間しかいない中、彼のその羽はよく目立つ。今もあちこちから視線が向けられているのが感じられる。この広場にはよく来るのだが、それでもやはり見慣れないらしい。
 飛族の一種、「竜族」。
 今や少数種族であるゼルスは、人間から見るととっても珍しいのである。彼が有名な理由は、どちらかというとこちらの方が大部分だ。



(にしても……)
 それはとにかく……いつになったら、この巨漢と受付のオヤジは世間話をやめるんだか。
 他の奴らの迷惑も考えろよ……と、ゼルスが文庫本を腰についているポーチに突っ込んだ時、ようやく目の前の巨漢が横にズレた。あまりの遅さに、その巨漢を横目で睨みながらカウンターの前に立ち。
「おいオヤジ、遅ぇよ」
「ん、何だゼルスか。悪ぃ悪ぃ、つい話が盛り上がってな」
 ゼルスの厳しい一言にも動じず、ダークグリーンの頭にほんの少し白いものが見える受付のオヤジは笑った。
 R.A.T本部がある、ルプエナ帝国西都フェリアスの広場。よくここに来るゼルスは、本部と言いがたいこの小さな受付のオヤジとは顔見知りになっていた。支部なんかは一軒家を持っていることが多いのに、本部だけ屋台のようなナリで、しかも従業員はオヤジ一人だけ。R.A.T内で噂になっている謎の1つである。
 オヤジの背後には本棚があり、そこにはびっしりファイルが詰まっている。すべて依頼書だ。主に依頼は、現地のR.A.Tで受け付け、そこの所属者が遂行するが、長期募集の依頼は隣国へも紹介されることもある。ちなみに、依頼内容が完了した依頼書は次々処分されていくので、ここにある依頼書はすべて現在受付中ということになる。
 そして、皆にオヤジと呼ばれるこの中年男性が、依頼者と所属者の仲介人だ。
「で、何かやりたいこととか希望は?」
「んー……別に。何でもいーや」
 一応仕事だが、特にこれと言ってやりたいものもない。いつも気分で選ぶ。それは彼がそこそこの実力を持っている証でもあった。プロ意識なんぞカケラもないが、引き受けたことはしっかりやるのがポリシーだ。
「お、言ったな。じゃあ後悔すんなよ?」
 眠そうなゼルスの返答に、オヤジは意地悪そうな顔で笑った。それから、背後の棚にびっしり詰まっているファイルの中から1冊を取り、1枚の紙をゼルスに向けて差し出す。
 なんだかオヤジの意味ありげな言葉が気になったが、とりあえずそれを見てみた。

依頼主 : ウェイム・ランセラー
職業 : 貴族
内容 : ワシを暗殺し、それを口実に陛下に領地譲渡させようとしている者がいると情報を受け取った。どうか助けてほしい。

 フェリアスは、国内で2番目に貴族人口が多いということもあり、貴族同士のどうでもいい闘争がよくある。こんな馬鹿げた依頼なんて腐るほどある。貴族嫌いな人間は間違いなく引き受けることはない。
 しかし依頼主は貴族なので報酬は文句なしだ。ゼルスは若干の嫌悪感はあるものの、特にそれ以上は何とも思わない。何だ、普通じゃん……と、オヤジの意味深なセリフに警戒していたゼルスは拍子抜けしていた。
「どーだ?やるか?」
「ん、いーよ」
 断る理由もないのでそう答えた。「ほ〜?」と面白そうにこちらの反応を窺いながら、オヤジはその下の記入欄にゼルスの名前を書く。
 何だ?と、ゼルスがオヤジの書く紙を逆さまから見ていたら。
「……って!?」
 ニヤニヤしているオヤジの手から紙を奪い取り、見間違えであってほしいと思いながら依頼内容を再確認した。

追記 : これは、必ず二人の依頼人を要求する。恐らく後始末のこともあって大人数で来るため。

「………………オヤジ、俺降りるわ」
「気付くのが遅かったな〜?もう書いちまったぜ」
 ペンを手元でクルクル回しながら、オヤジは不敵にニヤリと笑って答える。ゼルスが何度見たって、「依頼請負人」の記名のところに自分の名がしっかり書かれていた。黒でびしっと。
「え、こーゆーのって変更不可能?一発?」
「そうそう。だってペンだしな?公文書だし?そこに名前を書かれた奴は、責任持って最後まで遂行だ」
「はぁ!? それ初耳だぞオヤジ!」
「聞かれなかったからな〜」
「最悪だ……!」
 何で依頼内容をしっかりと読まなかったのか!ゼルスは長い長い溜息を吐きながら片手で目を覆い、己の不覚さを呪った。
 ゼルスは、この「二人以上依頼」が大嫌いだった。彼は一人を好むので、この連れがいること自体、邪魔臭いったらこの上ない。
 それから経験上、大概、こういうのは戦闘初心者がやりたがる。彼らは戦闘に慣れてからとか思っているのだろうが、実際、そのお相手になった連れは逆に迷惑だったりする。俺は教師じゃない。



「…………んで?二人目って、見つかったのか?」
 こうなった以上、やるしかない。ゼルスは苦々しくそれを呑み込んだ。
 溜息混じりに紙を返却しながらオヤジに聞くと、彼は逆に驚いた顔をして、それから呆れた顔をした。
「今日のお前、失態多いな〜……お前の名前の下に書いてんだろ?」
「…………黒でバッチリ書かれた自分の名前が恨めしくて……」
 オヤジにそう言われて、ゼルスは本当に自分が悲しくなった。
「もう一人は、さっき受けたばっかりだからその辺にいるんじゃねーか?女の子だったぞ。この辺じゃ見ない顔でな、確か……14歳って言ったか?ってことはお前と同じか。はは、多分いいコンビになるぞ、お前ら。十分強かったぜ」
「見慣れない顔なんだろ?何で強いなんてわかるんだよ?」
「俺様はこの受付やり始めてもう20年だからなぁ、立ち振る舞いでなんとなくわかるんだよ」
「うわ、嘘くさ…………ってオヤジ何歳だよ!?」
「ふっふっふ……この街も初めてみたいでな、街に行って来るって言ってたから、そっちにいるんじゃないか?目立つからすぐ見つかるだろうしな。見つかったら、この紙を取りにまた来いよ。ま、協力して頑張りな」
 その協力とやらが苦手なんだよと思いながら、ゼルスは本部カウンターの前から退いた。というか年の話題はスルーされたと思いながら、足を止めてもう一度大きな溜息を吐いて、ブラブラとその辺りを歩き出す。

 今回の依頼の相方は、14歳の少女らしい。R.A.Tに所属していて、あのような依頼を受ける以上は戦闘員だろう。
 この長蛇の列の中には、自分と同い年くらいで剣や槍を携えた少女、もちろん成人の女性も並んでいる。周りには男が多いから確かに少し浮いて見えるが、彼女達は皆、男顔負けの刃のような鋭利な雰囲気をまとっていて、むしろその場に溶け込んでいる。
 それはオヤジもわかっているはずで、その上で「目立つ」と言うのだ。あまり想像がつかない。そもそも同い年くらいの女の子と知り合う機会がなく、脳内イメージでのバリエーションが乏しい。
 なかなか像を結ばないイメージを頭の中でこねくり回しながら、円状の広場の真ん中にある噴水の横を通って、ゼルスは広場を去ろうとする。
 広場の脇には円に沿って花壇が並んでいて、黒いシックなアーチが『空』をくりぬいている。それもそのはず、この広場は中心街より高い場所にある。ルプエナ国内では「空中広場」として名高い。
 この場所からはフェリアスの街並みが一望できる。眼下に広がる景色は、空を飛べない人間には目新しいものだろう。それをぼんやり眺めながら、ゼルスは出口のアーチから続く階段を下りようとした。大して急ぐ理由もないし、人を探すには空を飛ぶのは非効率なので歩いていく。
 さて、このフェリアスは首都ほど大きくはないが、人一人を探すには大きすぎる。どう探そうか——

 ピリっと、鋭い殺気が肌を這った。

「!?」
「でぇええりゃあーーー!!!!」
(上!?)
 唐突に、有り得ない方向からの殺気。しかも背後から!
 ばっと振り返って、視界に見えたのは茶色い靴底だった。

 とっさに防御に差し出した右腕に、みしっと両足蹴りが降って来る。間違いなく本気の蹴りだ。
 その重圧は、ぱっとすぐに飛びのき、宙返りして少し離れたところに着地した。何がなんだかわからず、ひとまず臨戦態勢に入ったゼルスの目の前で、その人物は両手をぱんっと打って、キランっ☆と両の黒瞳が輝かせた。
「さっすが竜族!ボクびっくりー☆」
 ……と、まったく悪気なさそうに甲高い声で騒ぐ奇襲者は、可愛い部類の小柄な少年だった。ふわふわとした黒髪の頭の両サイドから、『長い耳が伸びている』。彼の背後には、『白い鳥の羽』。騒がしさも当然のことながら、その稀有なナリに広場の視線を集めていた。
 ——飛族のうちのもう片方、鳥族。

 もう仕掛けてくるつもりはないらしい。しかしゼルスは無意識に身構えたまま、目の前の少年を注意深く見据えた。
「ボク、結構本気だったのにー!」
「………………」
「そんな簡単に防がれちゃうなんて〜、びっくりだよぉー!」
(……コイツ……)
 今の攻防でわかった。この鳥族……できる。実は。
 ゼルスは、彼の容姿を改めて見た。明るいオレンジ系統でまとめられた服と短パンで、春っぽい快活そうな服。笑顔の絶えない顔はよく見れば童顔で、どちらかと言うと女顔だ。
 ——いや、それよりも。
(…………注目浴びてるって気付いてねぇ……)
 四方八方から突き刺さる視線の数々に、ゼルスは居心地悪そうに顔を呆れさせた。
 それもそうだろう。人里に現れない少数種族が、ここに両者とも揃っているのだから。
 それにしても、コイツは何者なのか。R.A.Tだったら、彼も鳥族だってことで有名になっているだろう。R.A.Tではない?

01

「ってゆーか〜、ねー聞いてる〜〜っ??」
「あ?あぁ……何だって?」
「えええーっ!? ボク、いろいろ話したのに〜!! また最初っからー!? えっと……『さっすが竜族!ボクびっくりー☆ ボク、結構……』」
「ってマジで最初からかよ!しかも一字も間違ってねぇ記憶力どういうことだよ?! ……はぁ……で、何の用だよ?」
 思わず大声で反論してしまって、内心で頭を抱えた。自分まで注目を集めることに一役買ってしまい、嘆息する。
 ともかく、ただでさえ自分は注目されるのだ。面倒だし、さっさと用を済ませてもらおうと思って先を促したら、黒髪の少年はぱちくり瞬きをした。
「へ?? 用?んと、竜族見かけたからケンカ売ってみただけ☆」
「少年、バトルの続きと行こーか」
 天真爛漫な笑顔で言われて反射的にゼルスが低い声で言ったら。今まで笑顔だった少年の表情がカチンッと凍りついた。
(ん……?)
 彼がまとう雰囲気が一変したことに、ゼルスも気が付いた。注意深く見ていると、少年の蒼白な顔に下からだんだんと赤みが走っていき。大きく息を吸い込んで。

「ボォクは男じゃなぁぁぁああああーーーーーいぃッッッッ!!!!!」
「うぉあっ!!?」
 その口腔から殺人的なそのボリュームで声が放たれた。ゼルスは亀のように首を引っ込めると同時にとっさに耳を塞いだ。が、塞ぐタイミングが合わず、結局その攻撃をモロに食らう。じんじん耳が痛い。
 空高く響く絶叫。前触れも感じ取ることもできなかった、広場にいた者達は揃ってひっくり返っていた。もしかしたら街の方でも誰か犠牲者が出たかもしれない。
 耳を塞いでいても筒抜けなくらいの音量で、プンスカ怒る少年——否、少女(らしい)は、顔をしかめて耳を塞いでいるゼルスにまくし立てる。
「ボク、間違えられたことなんてないんだよーーっ!!!? そんなの初めて言われたよ!!!」
「……わ、悪かったから……」
「ボクは女の子だもぉーーーーん!!!!」
「わかったわかった!! わかったから!!!」
 これなら殴られたりする方がずっと楽だ。避ければいい話だから。でも音の攻撃となると空気がある限り逃れられないわけで、正直、R.A.Tで名前が知れてる実力者のゼルス君は目の前の少女に殺されかかっていた。まずい、完敗だ。
 少しして、少女は静まってくれた。ゼルスはキンキン痛む頭から手を離し、ようやく息を吐いた。命の危機は去った。今ので何倍も疲れた。

「……んじゃ、もう用はねーのな。俺は依頼相手探しに行くから」
 冷や汗を拭って、さっさと少女の前から去ろうとする。うるさいのと馬鹿は嫌いだ。もう関わりたくない。俺は静寂が好きだ。
 さっと背中を向けて街の方へ足を向けたら、少女がキョトンと言ってきた。
「依頼相手ー?もしかして、『れいむ・らんしぇら』とかゆーおじちゃん?むむ?おばちゃんかな?」
「……………………………………」
 ——嫌な予感がまとわりついて離れないので、そこから動けなかった。
 ぎこちなく肩越しに少女を振り返ると、目元がげっそりしているゼルスに、彼女はにぱっと笑って告げた。
「なんかー、殺されそうで王様がなんたらしちゃうから助けてー!って言うヤツ!」
 白い羽を持った天使のような少女が、この上ない悪魔に見えた。





  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 竜族と鳥族の種族仲は、人間のそれと比べたらずっとマシだが、しかし悪いらしい。
 ……「らしい」と言うのは、自分はよくわからないからだ。
(鳥族……本当に鳥の羽なんだな……)
 人込みの隙間から、先をるんたったとスキップで歩く少女の背を見つめて、ゼルスはしみじみ思った。自分だって同じようなことが言えるのだが。
 飛族は竜族と鳥族のみなのだが、どちらも閉鎖的な種族で、今では消息不明とも言われている。
 そんなわけで、ゼルスは鳥族に会ったことがなかった。だから物珍しいという気持ちの方が強く、特に嫌悪感などは抱かない。あちらはどうだかわからないが。

 でもゼルスは、鳥族のことはなんとも思わないが、馬鹿は嫌いだし、うるさいのも嫌いだ。
 それらの要素をガッチリ持っている、自分と正反対のまさに嫌いなタイプ。この先どうなるんだろうかと暗澹たる気持ちになる。
 その鳥族が、ちょっと人がいないスペースで、くるーっと片足を軸に回って振り向く。
「鳥族、そんなに珍しいー?」
「………………」
 常人には、この人込みの中で視線を察するのはなかなか困難だが、二人は常人じゃない。当然だが、自分が視線を向けていることはバレていたらしい。一応、周囲の気配には気を配っているようだ。ちなみに彼女の口からはアメの白い棒がはみ出ており、手にパンパンの紙袋を抱いている。
 さまざまな商店が軒を連ねる、フェリアスの街の中央通りを歩く飛族の二人。飛族なのに歩いているという矛盾が余計に訳がわからなくてなんだか混乱してくる。多分疲れている。
 この通りは、国内トップの商業都市フェリアスの中で最も商店が立ち並んでいる道だ。一軒家でレストランや宿屋を経営している店もあれば、露天商ひとつとっても、雨や日光除けの天幕だけ張ってその下のテーブルに商品を並べた商人、さらには地面に敷物だけ敷いてその上に店開きしている商人まで実にさまざまいる。
 店が多い分、人の往来も激しいが、他の通りにも店は立ち並んでいるので、ここだけ異常に込むということはあまりない。また、裏道や横道はただ土を均しただけの道だが、この中央通だけは大きさも色もまばらな無数の石を、平たい面を上にして地面に埋め込んで舗装されている。
 買いたいものがあるから案内してと彼女に言われ、『連れて行かれた』のは、子供で賑わう一軒のお菓子屋さんだった。店頭に置いてあったカゴをとり、子供に混ざってお菓子をカゴ満杯に大人買いして行った。今はその帰りで、どうやらお菓子を買ったことで機嫌が良いらしい。
「……鳥族、見たことなかったからな」
「そなの?ボクは竜族に会ったことあるよー?強かったな〜♪」
 キルアと名乗った少女は、にっこり笑って言う。よく笑う少女だ。『よく笑いすぎて怖い』。
「……ってか菓子買ったんだろ?さっさとランセラーとこに行くぞ?」
「ふえ?あーそっか、依頼なんだっけー?」
「……大丈夫かコイツ……」
「ダイジョブだって〜♪ ボクに任せなさいっ☆」
「お前に任せたら二重で心配だわ!! はぁ……とにかく行くぞ?」
 なんだか無性に不安になってきた。ゼルスは溜息を吐いてだるそうな声で言い、地面を蹴って宙に浮かび上がった。キルアも「れっつごー♪」と言って、ふわりとゼルスの隣に並ぶ。
(……あ、そーいや)
 無意識にやってしまったが、今回の連れは自分と同じ飛族だった。ということは移動などで気遣う必要がない。
 それは楽だな〜……と、ゼルスは隣のキルアを振り向いて。
 そこにキルアの姿がなかった。

「は?」
 キョロキョロ周囲を見渡して、すぐ近くの喫茶店の店頭にキルアをすぐに見つける。ったく……と思いながら、地面スレスレを飛んで近付いてみると、キルアの甲高い声が、多分近付かなくても聞こえていた音量で響いた。
「キミが、このコのおサイフ盗ったんでしょーが!ボク見てたもんっ!!」
 彼女は20代くらいの柄の悪そうな男性の腕を掴んでそう言っていた。もう片方の手では、紙袋をかろうじて掴んだ状態で、戸惑った表情で立ち尽くす若い女性を指差して。周囲では何事かと、人々が視線を集めている。
「知らねーよ!変な言いがかりつけんな!!」
 男は小さく舌打ちをしてキルアの手を払いのけ、その手をグーにして突然キルアの顔面に向かって殴りかかった!
(って大丈夫かアイツ?)
 喧嘩慣れしているのか、その男の拳は速かった。キルアがどのくらいの力量なのかなんてわからないので、それをはかるのも兼ね、ゼルスはその場に下りて光景を凝視する。
 すると。
 キルアは事も無げに、その拳を首を横に傾けることで回避し、同時に、男に羽が生える背中を向け、その突き出された腕を担ぐように片手で掴むと。
「おサイフ返しナサーイッ!!」
「うぉおっ!!?」
 思いっきり前に引っ張った。背負い投げされた男はキルアの背中の上を経由し、まばらな石畳に背中から叩きつけられる。その時に、男がポケットに突っ込んでいた片手からピンクの可愛らしいサイフが転げ落ちた。
「お、覚えてやがれっ!!」
 体を駆け抜けた強い衝撃。フラフラする足で男は慌てて立ち上がると、ものすごーく惨めなセリフを吐いてシッポを巻いて逃げ出した。
 キルアは「べーっだ!」と逃げる男に向かってアッカンベーをして、ピンクのサイフを拾った。そして、くるりと被害者の女性を振り返り、弾けるような笑顔でそれを差し出す。
「はいっ、どーぞ♪」
「あ、ありがとうございますっ!あの、何かお礼でも……」
「へ?? ホントっ!? あ、でもボク、おシゴトあるからダメ!じゃーね〜っ!」
 と、キルアは片手の紙袋を持ち直して、野次馬も気にせず女性の前から立ち去る。……そういえば、ずっと片手は塞がっていた。

(……マジかよ……)
「あっ、ゼルス〜!!」
 目の前で起きたことが信じられず唖然としているゼルスに、キルアがブンブン手を大きく振りながら近寄ってきた。やかましい気楽な馬鹿にしか見えない彼女を、ゼルスは認めたくない目で見返した。
「めんごめんご〜っ☆ おサイフ盗もーとしてたヒトがいたから、かるーくやっつけてきたんだよ〜!」
「あれで『かるーく』ね……」
 「とりゃとりゃっ」と拳を振るってみせるキルアを、ゼルスはうんざりした顔で見て言った。
 認めるのが嫌なくらい綺麗な動きだった。男が突き出した拳の力を殺さず、背負い投げをする時に上手く利用して無駄な労力を省いていた。大の大人を片手だけで投げられたのもそのせいだ。
 あの動作だけなら自分もできるのだが、あれほど洗練された動きは多分無理だ。恐らく自分の場合、ほとんど力任せになるだろう。
 上には上がいるってことはよく知っているのだが、いかにもお馬鹿で陽気でやかましいこの同族にほんの少し負けたことが、彼を沈めていた。ショックだ。

 何処となく呆れているゼルスの言葉を聞いて、キルアがキョトンを目を瞬いた。
「へ?? ゼルス、見てたの〜?えっへへ〜、どぅ?ボク、結構強いデショ??♪」
「……お前がもし超音波を習得したら認めてやるよ」
「ちょーおんぱ?? お菓子を出す新しいワザ?」
「新しい技ってことはすでに似たようなの習得してんのか!?」
 認めたら自分のプライドがどうにかなりそうだったので、それ以上何も言えなかった。
 とにかく早いところ依頼を終わらせて、このやかましいコウモリ鳥族と別れようと、ゼルスはさっさと先に進んだ。
 「協力」なんて言葉は、当然頭にはなかった。
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